大村亘 ドラマー/作曲家 


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物乞い老婆とお寺

ムンバイは熱帯なので、街中の木々が本当に豊かです。
ココナッツの木や、ピーパルと呼ばれる木、バオバブっぽいものも含め元々ある木々と後で植えられた外来種がごちゃごちゃに入り乱れています。

そんな中、太陽が燦々と降り注ぎ、木々の葉の間から零れ落ちた太陽の光が影と仲良く踊り、地面にあらゆる模様を描いていきます。

散歩するのに楽しく無いわけがありません。

なので、インドにいる時はよく散歩をします。
単純にどんな街も歩く程より深く知れるものはないと思うので。

さて、そんな気持ちの良い環境の中で小さなお寺が見えて来ました。
上機嫌で太陽の温もりを身に纏って自然の恵みに感動してる最中、そのお寺の目の前で老婆が物乞いをしてるのを発見しました。

なるほど。
お寺の前でお金くださいと陣取るのね。
信心深い人の心を揺さぶりながらお金を稼ぐんだ。
強かだな。
意地汚いのかも?

等、色んな思いが脳裏をかすめて行きました。

その一瞬の隙をついて、

『そこのあんた!金置いていきなさいよ!』

とガミガミのしゃがれ声で怒鳴られ、やはり意地汚い老婆なんだなーと思いながら通り過ぎて行きました。

しかし、
数歩歩いてみてふと違う思いが湧いてきました。

実際に困っているのは生きてる生身の老婆。
中は綺麗に祀られた神聖な祭壇。
人々は自分が創り出したイメージの具現化にお金を払い、目の前の自分と同じ人間にはなかなかお金をあげない。

逆に。

その老婆が神の化身なのかなと。

お寺に納めるお金を、目の前の本当に困って苦しんでいる人に全て無償で与える人はどれだけいるのだろうか?
神に賽銭するのは自分の願い又は欲を満たしたい行為の一つ。それを犠牲に路上の老婆へお金をあげるのだろうか?
インドはカーストが根強い。路上に居る人は自然と階級の低い人々という認識、偏見が強い。
それらのバイアスを払拭してその状況の中で老婆を見つめると、人間社会の矛盾への問いを投げかけてくる存在に見えてきました。
故に神様の化身なのかなと。

自分がもしお寺の神様だったら、彼女に乗り移って通り過ぎて行く人々を観察していたに違いない。

そんな事をふと思いながら清々しく晴れたムンバイの小道を更に奥へと進んで行きました。
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# by koomuraa | 2019-02-18 16:50 | InDiA

インドでのちょっとした思い出

『そもそも何故インドに行き始めたんですか?そして、何故行き続けるんですか?』

よく聞かれる質問です。
長い歴史を持つタブラの言語を習得したい。
が主な理由ですが、他にもあります。

僕が渡印する前の2012年は震災からの一年後、ここでわざわざ言葉にしなくても、多くの人々にとっては不安に苛まれながらも前に進むしかないという時期だったのではないでしょうか。単純に言葉では語れないわだかまりが社会全体に渦巻いてた様に記憶しています。

その時周りからよく耳にした不安や不満の言葉に自分の精神が疲弊していくのを露骨に感じていました。
このままではまずいなと、環境を変えなければ蟻地獄に吸い込まれてしまう、という感覚でした。
誰のせいでもなく、上記の渦巻いていた何かに。

インドに出向くようになり色んな事が起きました。
日本での仕事を沢山断ってでも行き続けようと思うようになりました。
そもそも、演奏して稼ぐ『仕事』ってなんだろう?
と自問するようにもなりました。

現代は経済的な歯車で社会が回っているので、共通価値のお金を無くしては自由に行動出来ません。
なので、人は自由と時間を勝ち取る為に自由と時間を犠牲にしながらでもお金を稼ごうとするのかもしれません。

そんな滑稽な矛盾は現代人の誰しもが抱えていて、僕も例外ではありません。
それに思わぬ形で気付かされるわけです。

とあるムンバイでの出来事に。

ムンバイにあるハコで殆どギャラの出ない演奏をお願いされる様になりました。
国際的に様々なミュージシャンが出入りするのですが演奏レベルは千差万別です。
演奏技術が乏しい人は乏しい、素晴らしい人は文句なしに素晴らしい。必然的にその晩の音楽的内容はちぐはぐになる事もあります。レベルのスペクトラムの振り幅が広いが故に。
それは思っている以上にチャレンジングな事で、上手い人達や、自分とセンスが似通う人達と一緒に演奏するより遥かに難しいのです。
それでもそのハコの仕切り主さんは、
『今日も聴きに来てくれた人の魂の洗濯が出来たね。』と微笑んでいました。
この時、個人的にはその言葉を素直に受け止めれませんでした。
音楽的な内容が自分の思う理想に近いもの、又は程遠いものと混沌としていたからです。

そんな彼にとある日曜日の午後お誘いを受けました。

『スラムの子供達に音楽を教えてるんだ、君も来ないか?君が彼らに伝えたいリズムなりなんなり自由にやってみてくれ。』

戸惑いましたが、出向きました。

そこには4人のスラム出身の男の子達が待っていました。
とりあえず、シンプルなリトミックみたいな事を始め、色んなフレーズを少しずつ発展させながらキャッチボールするような形で音遊びが始まりました。
その時のその子達の澄んだ瞳と、音楽が楽しくてしょうがないという表情ほど溌剌としたオーラは後にも先にも見た事がありません。
瞬く間に2時間近くが過ぎ、満面の笑顔でお礼をされ彼らはスラムへと帰って行きました。

後で彼らの父は1ヶ月、アメリカドルで$100に満たない月給で一家を支えている事を知りました。
そんな中で音楽が彼らの心の中で踊り、その一瞬一瞬を楽しみ、なんとも形容出来ない見た事のない純粋なそのエネルギーに、逆に自分の魂が洗濯された感覚を覚えたのです。

数日前、自分の小さな音楽的理想像の為に、『人の為に音を届けるとは何か』という本質的なメッセージに気が付いて居なかった自分に気付かされるわけです。

芸術的な理想や、この世での名声、評価は全て一過性のもので、如何なるものでも主観に囚われる事で大切な何かを見落としてる事もあるんですよ、とインドはその子達の素直な笑顔を通してそっと囁いてくれたのかもしれません。

『スラムの子供達に教えないか?』

いや、最初から僕の方が教わる立場だったんです。
インドってそんな事ばかり起こります。

なので、来年もフラリと行ってきます。


# by koomuraa | 2018-12-07 13:01

魚津ミュージックキャンプ2018を終えて

日常の隅々に喜びは存在する。

私達は時にそれを忘れてしまっているだけだ。
それを思い出させてくれるきっかけを求めて人は非日常を求める。
スポーツ観戦から芸術鑑賞、話題の映画を鑑賞しに映画館へ足を運んだり、有名アーティストのライブを堪能する。
多くの人が選択するそれらは、社会的な認知度がある程度高い。
自然な流れだ。不自然なくらい情報過多な現代社会で飛びつきやすい情報は、
不特定多数の人間が公に評価しているものであることが多い。
故に自分の本心が心底求めてるものかどうかということを熟考する前に、
抽象的な大きな流れに乗せられることも少なくない。

魚津ミュージックキャンプにはそのような認知度は無い。

あるのは、

辺鄙な場所に佇んでいる新川学びの森天神山交流館。
古ぼけた宿舎。
見慣れない丘陵から見下ろせる日本海。
そして、自分の日常には居ないが、心の奥底では同じ何かを求めて集まってくる人々。

ここに集まってくる思いは、1対1の人同士がお互いの何かに興味を持ち、
誘い、誘われ、自分に足りない何かと向き合う時間を作るためにやって来た人であることが多い様に思う。

現代社会で生きることは思っている以上にしがらみが多い。
仕事に割かれる時間、未来への希望と不安、生活を回すために犠牲にしなければならない時間。
時は進むにつれて勢いを増していき、このままあっという間に人生そのものが終わってしまうのではないかという錯覚に捕らわれた事の無い人は居ないと思う。

このキャンプに来る人々はそういった様々な心の荷造りもして参加している様にも感じる。

数日間しか居ない人から、期間中ずっと滞在している人も居る。
その中で、音を出し合う時間、さっきまで知り合いでは無かった人と言葉を交わす時間、一人で散歩して悩む時間、普段食事を一緒にしない人の表情を見る時間、一人で調理する時間、みんなで調理する時間、相部屋の非日常的な就寝状況。
ありとあらゆる日常のワンシーンが凝縮された時間の中で点在するが故に、非日常が広がっていく。

そんな中で自分の意識の深層が様々な表情を見せる。
悩んでは曇り、微笑んでは晴れ、気が付いたら消え、澄み切った表情でまた現れたりする。
あらゆる意識の情景を駆け巡る中、立山連峰は曇っていても、晴れていても、泰然たる様相で見守ってくれる。

あらゆる感情や意識の動きの中に自分のリズムや他人のメロディー、そして集まった人達との調和という意味合いに於いてのハーモニーの存在を感じ取れる。そこで普段とは違う時の流れの中で感じることがある。音楽は音楽から生まれて来るものではなく、色とりどりの日常という大海原から寄せては消えるかけがえのない瞬間瞬間と向き合える喜びの結晶ではないのかと。

ふとした時にそんな事に気づかせてくれる時間をこのキャンプは提供しているのだと思う。
コンクリートジャングルに戻った時にふと気付くかもしれない。
はたまた時を経て、違う形になり自分に戻ってくるかもしれない。

そんな時、心の中で深く頷ける様に思う。

日常の隅々に音楽は存在する。

# by koomuraa | 2018-10-24 11:43 | thoughts

ニューヨーク録音

ニューヨークでスタジオレコーディングするのは二度目です。

前回はBungalowの処女作、Metropolitan Oasisを収録する為に、アルトサックスの山本昌広がまだニューヨークに在住だった頃にメンバーで訪れ音の記録を残しました。

あれから7年。

思えばあっという間でしたが、あの頃のBungalowの事を思い出すと懐かしい気持ちと、つい昨日の事の様にさえも感じます。

数字にされた月日が流れるのは速いものです。
しかし、本質的な時間の流れ方は皆が信じ込んでいる時間のシステムとは違うのではないかな?と、思う事も良くあるのです。今回の録音もあっという間に遠い過去の棚に納まり、そして色褪せない親しい記憶になる様な予感がしています。

今回のプロジェクトのパートナーDavy Mooneyとは丁度そのBungalowの1st Album制作した時期に知り合いました。彼と大学の同期だったJeff Curryという日本在住のとても良い感じのベーシストが紹介してくれたのが事の発端でした。
Jeffの紹介以前から僕はアメリカのジャズのシーンを絶えず新譜やYoutubeで追ってたのでDavyの洗練された演奏能力と音楽性は知っていました。肩書きもThelonious Monk Institute卒、Herbie HancockのバンドやBrian BladeのFellowshipにも参加したり、Thelonious Monk Competitionで3位(その年の1位はLage Lund, 2位がMiles Okazaki)と個人的には革新的な個性を持った若手の猛者の中から頭角を現している存在だったので会うのが楽しみで仕方ありませんでした。

実際会ってみると、人柄は温かく、とても落ち着いた物腰で、知性的で人間としてとてもしっくりとくる存在でした。
それは彼の音楽にも現れていると思います。

それからセッションやライブを重ね意気投合し、いつか作品を作りたいねとお互いに話していました。

月日は流れ昨年の半ばにDavyから日本を一緒にツアーしたいという申し出があり、色んな偶然が重なりニューヨークで作品を作れる機会が目の前に現れました。結果僕一人ニューヨークに飛び、お互いのオリジナルを半分ずつ持ち寄り作品を作る事となりました。

集ったメンバーはJohn Ellis, Glenn Zaleski, Matt Clohesyという、ニューヨークでもコンテンポラリージャズからストレイトアヘッドなものまで美しい感性で仕立てる能力に長けた面子でした。上記メンバーの肩書きはここでは割愛させて頂きますが、彼等について少し綴りたいと思います。

先ず、ピアニストのGlenn Zaleskiは数年前からの友人です。演奏も幾度か重ねた仲であり、彼の結婚式にも呼ばれ、通訳を任せれたり等、気心は知れていました。Glennのハーモニーのセンスとピアノのタッチは抜群です。
そしてなにより、オリジナル曲が内包している物語を詩的に紡いで行くセンスに長けています。
僕の書くオリジナル曲は少しクセがあって、通常のジャズがとてもお上手な人に任せても任せきれない部分が点在しています。ジャズはコードやメロディーに沿って、その音楽の歴史上『Hip』、いわば俗に言う、イケてるフレーズをアドリブで紡いで行く所作が幾つもあります。アドリブのスタイルは吸収して来た音楽に因って変わりますし、タイムやグルーブのジャンル分けというのも、ミュージシャンの間に確執が有る様に感じます。音楽家の主観に因るジャズらしくなる金字塔テンプレートは幾つも存在します。
自分の書く曲に関してはその様なスペックだけで臨んでも、どうも?が残ってしまう演奏になりやすいのです。
いわば五感を超えた第六感を問われると言えば解りやすいでしょうか。あくまで五感で処理しきれるところを押さえた上でです。Glennのピアノは伴奏、ソロ、双方に於いてもそのジャズの金字塔を作る知識から来る高いスペックを超えたところで音を出してくれます。

テナー奏者にはとどまらないマルチホーン奏者のJohn Ellisは長年の憧れでした。
数居る怪物レベルのニューヨークのテナー奏者の中でも彼の音の立体感は飛び抜けていると感じていました。
Kendrick Scottのバンドで彼を観たときは、シングルラインなのに、ハーモニックな要素を出せるドラムやピアノと引けを取らない、いやそれ以上の音の凹凸を有機的に体現していました。音色とタイム感が抜群なのは言う迄も無いのですが、ブレスの使い方に関する意識が非常に高かったです。そして、職人的な引き出しを無数に持っているにもかかわらず、セッションやリハーサルでは、バンドに対する建設的なアイデアを次々に出してくるタイプでした。
これはオーストラリアやニュージーランド、ヨーロッパ、そして勿論アメリカのトップレベルのミュージシャンに通ずる事なのですが、具現化されてないアイデアをその場形にして行く決断速度が非常に速いです。

ベーシストのMatt Clohesyは今のニューヨークのアイコンとなるプレイヤー達のファーストコールのベーシストで、ありとあらゆる録音に参加して来ています。彼のクレジットを見ると、百戦錬磨である事が伺えます。元々彼はオーストラリア出身で、僕は彼がニューヨークに移った当時にオーストラリアで当人の演奏を観ています。当時大学生1年生だった自分は、Mattの音の良さ、初見の強さ、伴奏に於けるペース配分の良さ、ソロのシンプルかつ深く歌わせるセンスは大好きでした。
僕の憧れて来たドラマー達と日々演奏している人なので、少し緊張感は有りましたが、一緒に音を出し始めると楽しさと心地良さが勝って、この感覚を提供出来るからこそ、多くのアーティストから信頼が厚いのだなと腑に落ちたのです。

そんな彼等とは3時間程のリハーサルを一度やっただけでその翌日から2日間スタジオに入り、2日目の午後にはほぼ完成というスピードで今回のレコーディングを無事終えました。

今聴き返してもその短期間でここ迄仕上げてくれるのは、当人達の腕がどれだけ良いかの証明ですし、この感覚とクオリティーで絶えず音楽をやらないと、この先の進化は望めないなという自分への戒めにもなりました。

という事で、本作品Benign Strangers(穏やかな、知らない人々)←は直訳ですが意訳すると、

『知る由のなかった和み』

の様なニュアンスです。

じっくり聴いて欲しい一枚です。

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                 BrooklynのBig Orange Sheep Studioより

     エンジニアはKurt Rosenwinkelの作品で大好きなHeartcore等も手がけたMike Perez Cisnerosさん



# by koomuraa | 2018-03-26 22:39 | mUsIc

6度目のインド 

インドは広い。

今回の渡印で6度目だが、僕はインドの一部分しか知らない。ムンバイという大都市とその街があるマハラーシュトラ州の近郊の幾つかの街とデリーを通り抜けた位だ。

在インド中は必ず遠方から訪問者が訪れる。
今迄に日本はじめ、オーストラリア、台湾と友人が何度か自分を訪ねに来た。
いや、インドを訪ねに来た。
今回も日本から幾人かの比較的近しい友人が来印する予定だったのでそのうちの一人と古都、そして聖地バラナシ(ベナレス)を訪れる事にした。

世界的にも観光地として有名なその街は世界最古の街の内の一つとして知られ、ガンジス河が流れている。河沿いにはガートと呼ばれる古い建造物が無数に立ち並ぶ。ご存知の方は居るかもしれませんが、ガンガ(ガンジス河)は人類が知る河の中でも最も古いものの一つで、その成り立ちには神話の言い伝えがある程だ。壮大な物語なので、ここでは割愛させて頂く。この街はヒンズー教徒達の聖地とも知られ、何年も前から絶対に訪れてみたいとは思っていたので、今回その願いが叶い行く前から気持ちが高鳴っていた。

そして、自分がそこに行くと決める前からその河は僕の心を遥か昔から察知していたのかもしれない。
これはロマンチックな思い込みでも無く、単純にそうとしか思えない出来事にこの街、バラナシで見舞われるのである。
その出来事は幾多にも渡ったが、記憶が新しい内に何コマかハイライトしてここに記しておきたい。

マニカルニカガートという火葬場

ガンガで遺灰を流されると、輪廻のサイクルを断ち切る事が出来、故に魂が人として戻って来なくて良く、この世の苦しみから解放され、涅槃に行けると言われ、それを信じている人々が大勢そこに死を求めて集まってくる。
マニカルニカのその炎は人体を燃やし続けてずっと止まっていないものもあるという。
24時間、365日、それが数百年止まっていないという人も居れば、数千年止まってないと言う人々も居る。
その炎で次々に焼かれれていく死体を眺めていると、時が止まる。生の空しさ、死の中にある美しささえも垣間見える。
そこで、この世の苦しみから解放された魂を愛おしく眺める純粋な眼差しの人々も居れば、涅槃への切符代としてその心の弱みに付け込み、高額で薪を売りつけようとしている者も居る。河に流される時に死体に付いている金銀財宝をクスねて売り付けようとしてくる者も居れば、地球の遠方より訪れ、カメラを装備し、この果てしなく混沌とした人間界の最果ての描写をフレーム納めようとしている方々も居る。

バラナシという街は動物も多い。故に糞尿が街のあちこちに落ちている。気を付けていても踏んでしまう。
しかし、不思議と何度も踏んでいると気にならなくなるのだ。
ふと、火葬場を思い出してみる。人体が焼かれる匂いだ。焼き肉のそれと本質的にあまり変わらない。ただ、精神の中では同じ種の肉体が焼かれているのだ。どこかで何かにえぐられる様に揺さぶられる。しかしその、非現実的な『死』の香りと現実的に対面していると、糞尿の香りは生きているものの匂いなのだ。と気付く。生の営みの一部の匂いが自然と気にならなくなるのだ。

不思議な現象だ。

ガンガという河

神話では女神だそうだ。
昔からガンガは人の営みを祝福し、遥か太古からそれを見守って来た。2018年の今でも、精神的浄化を求めて沐浴するヒンズー教徒始め、世界中の人々から、その街の日常的な洗濯や水浴びまでそこで行われている。
しかし、バラナシのガンガの見た目は汚い。洗濯物の汚れ、トイレの排泄物、死体の灰、ありとあらゆる者が混ざっている。日本から僕を訪れた友人は最初はガンガに入ろうと思ってたそうだが目の前でその光景を見て、躊躇せざるを得なかった。

『きっと肛門から感染するよね。』

そんな畏れを抱きながら、僕らは街を散策し続けた。
そんな中お手洗いに行きたいため、僕らはガンガに隣接するガートの河に面している古ぼけたカフェで用を済ます事にした。
二人とも腸のぜん動を感じていたのは言う迄もない。
先に友人がトイレに入ったがすぐ戻って来た。

『紙が無いんですけど。。』
『インドだし当たり前じゃない。』
『どうやってするんですか、どう見たって清潔じゃないバケツしか置いてませんよ。』
『では僕が先に行って見てくるよ。』

トイレの周りに水道は引かれていない。
当たり前だ、目の前には数千年崇拝されているガンガがあるのだ。ここのトイレもその水に決まっている。
中に入ると、今にも底が抜けそうな便所の脇に古ぼけたバケツがあり、濁った水が入っていた。

これで済ますしかない。

インドでは流れに任せる事しか出来ないシチュエーションがいつも待っている。
これもそのうちの一つだ。
僕は諦め、用を済ませた。

戻って友人に、

『水で洗いな、怖がらなくて良いよ。怖がらない事だね。』

彼も行って戻って来た。

そして僕らは顔を見合わせた。

『最初怖がっていた、畏れていた事が目の前に用意されていたね。
ガンガに下半身入れたのと変わらないよ。』

既にガンガは、僕らの躊躇する心も知っていたに違いない。
そして、事が済んだあと見下ろすその河は眩しく輝いていた。不潔な印象は不思議と消え去っていた。
僕らが居たカフェはHimalayaという文字の上に立つエベレストカフェという場所だった。

サドゥー (修行僧)

河沿いには瞑想しているサドゥーが多い。
観光客目当てのサドゥーも居れば、しっかりと行に励んでそうな人も居る。
その内の一人と友人が写真を撮った。幾つか一緒に撮ってもらった。
その間、そのサドゥーは静かに微笑むだけだった。胡座(あぐら)の姿勢は崩さない。
御礼にお金をあげようとした。
彼は優しく微笑んでお金を受け取らなかった。
そして、そのまま行に戻った。
僕らはどこか現代の社会で育まれてしまった自分たちの浅はかさを教えられた気がした。

日本に戻って

會津若松という場所に、ひょんな縁で呼ばれる事になっていた。
これは今回の渡印前からの話である。
その呼ばれたイベントとは関係無いのだが、以前からその街の人でインドに30回以上修行の為に訪れているという人が居るという噂は聞いていた。
彼は主にヒマラヤの高度4千メートル以上の所を10年以上放浪し、そこで瞑想にふけっているサドゥーに教えを求めに足を運んでいたそうだ。

稀有な存在である。

イベントを無事終えた翌日、僕は行きつけのお店へ店主に挨拶がてら訪れた。店主は当日はお休みだったのだが、わざわざ自分の為に出向いてくれ、コーヒーと美味しい焼き菓子をご馳走してくれた。談話に一段落つき、東京に戻らないといけなかった為、帰りの旅路につく前に僕はトイレに入った。その間、誰かがお店に入ってくる気配を感じた。
トイレから出るとそこには仏様見たいな顔をした初老の男性が落ち着いた様相で座っていた。

『ほらコウ君、彼がずっとインドを訪れてヒマラヤを歩き回ってた方だよ。』

そこから話は尽きなかった。
その中でも彼はガンガの源流である四つの地点を主軸に何度も訪れていたという。
ガンガはヒマラヤの山から流れ出ておりその源流には過酷な修行を行っている純粋なサドゥーが幾人も居るという。
何十年も食べていない。
裸足で雪山を歩く。
何年も言葉を発さず、ただ祈るだけ。

等、それらの聖人達を彼はその目で見て来たという。

『はじめてインド行ったときはベナレスだな。二度と来ないと思ったね。けど、気が付いたらヒマラヤまで行ってたよ。
そして、そこにいるサドゥー達があり得ない様な修行に身を捧げているが故に、宇宙の良い周波数をチューニングしてるそうだ。だからこの世界がまだ存在してるともいわれてるんだよね。』

何度もインドを訪れていると、それもとても現実的に思えてくる。

『君もいつか訪れて見てみると良いよ。あの地をね。ガンガの四つの源流がある事を覚えときな。』

その言葉を最後に僕は東京への帰路についた。
わざわざ休日に店で出迎えてくれた店主が車迄送ってくれた。

『不思議だな〜。引かれ合うものなんだね。出会うべき人達はさ。』

と飾り気の無い笑顔で送り出してくれた。
そう、あのお金を受け取らなかったバラナシのガンガで出会ったサドゥーの様に。

インドからの旅はまだ続いてる。
そしてもう既に次の章の予告を見せられているのは、気のせいで片付けることは出来ない程、
現実的に僕の目の前にその姿を現し、微笑んでいる。


# by koomuraa | 2018-03-21 23:07 | InDiA