大村亘 ドラマー/作曲家 


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2014年グルジとの最後のレッスン

今日は今回のインド滞在中のタブラレッスン最後の日でした。
明日からグルジはイギリスへ1ヶ月のツアーに旅立ちます。

2013年に弟子入りし、最初の3ヶ月は何もかもが新鮮で、ただただ圧倒されるばかりでした。
今回、2014年は、ヒンディー語やタブラの言語にも少し慣れて来たので、最初の様な斬新さは薄れるかと思いきや、全く予想外・予想以上でとても濃密で、新たな発見も多く、未知のリズムや音色、思考回路などを目の当たりにし、どれをとってもまた成長する為の種を沢山頂いたなと思える素晴らしい11週間でした。

沢山の時間を偉大な演奏家と共有する事は、その人の保有するエネルギーからも影響を受けるので、自然と普段気付かない事や、ないがしろにしていた事などを多角的に見せられた気がしました。

自分にとってタブラを追求する事は、全く異質な文化、音楽システム・音楽言語を通して自分を見直す事も、その一つの目的・課題として据えています。

インド古典の世界は摩訶不思議で歴史も長く、故に奥深く、多数の豊かな表現方法を含んでいますが、ゼロからそれを学ぶ事により、こういう部分は自分は実は飲み込みが遅いんだとか、こういう部分は飲み込みが速いけど、浅くしか理解していないんだというような事を体感出来ます。表面的な事より、そういった自己の深層心理を学ぶ事も多かったような気がします。

『しっかり確実に上って行けば良い。頂上の無い山だけど、確実に上って行けば、しばらくした後に見下ろす景色はきっと美しいものだから。』

グルジのアドバイスの一つでした。

16年程叩いているドラムですが、
またゼロからはじめ直しだなと思わせてくれるような訓練の日々でした。
こういう風に思える、感じれる事はなんだかんだとても幸せな事だと思います。

昨晩はグルジの自宅で信じられない程美味しい魚カレーを御馳走になりました。
写真は美味しすぎて手が震えてぶれてますが、その時の料理です。

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# by koomuraa | 2014-04-02 21:25 | InDiA

インドというレンズで物事を見せられるということ

インドと言っても、一括りに出来ないところがこの国の魅力の一つだと、この土地に身を置いてはじめて思い知らされます。
公用語は軽く10言語を超え、伝統芸能は地域により違い、芸術や学問も太古の知識が残っていると思えば、西洋の技術を取り入れたものも急速に発達してるところも見えます。
語り始めたら切りがないですが、ひとつここで学んだ大事なことは。

『眼に見えるものをありのままで判断してはいけない。』

という事でしょうか。"Never judge a book by it's cover"という有名な格言がありますが、インドでの生活では日常の様々なところで思いがけない形で思い知らされます。

一つこちらで目撃したことを挙げたいと思います。

先ず、インドには物乞いが沢山居ます。しかも肉体的に見た事の無いような形の人が多々存在します。
片腕しか無い人、体中の筋肉が萎縮してしまってる人、下半身が無い人、体の構造そのものが運命の車輪の様に変形してしまってる人、アメーバ人間みたいな人。。。。。
挙げ始めると切りがないです。

その中で片手しか無い少年が居ました(おそらくかなり居るのでしょう)。両足、左手が無いです。
そして、駅の階段に座り物乞いをしています。

ある日駅のプラットホームでその少年を見かけました。
あの体で電車に乗るのは無理だろうと思っていましたが(ムンバイの電車とホームの間で段差がありその少年の身体能力では乗降は難しそうでした)
彼は自分の体をデッキに乗せた片手でひょいと持ち上げ難無く乗車し、溌剌とした表情で他の乗車客と会話をはじめました。

驚かされました。
実は内心不憫な思いで彼を見ていたので、そんな自分が急に恥ずかしくなったのです。
あの体で大変そうな行為を軽くやってのける様になれるには、彼なりの険しい道があったはずなのですが、なんとも朗らかに体を上手く使っているなと。思い返せば、駅の階段に居る時も、眼は澄んで落ち着いた表情でした。物乞いをするための階段の上り下りも毎日自分でやってる様です。

混沌とした環境の中で自分に与えられてる物の範囲の中で生活を紡いでいる少年の一面が見え、考えさせられました。

見た目よりも彼は周りの多くの人より幸せなのかもしれないなと。
あくまで個人的な憶測ですが、彼の振る舞いを見て少なくとも僕はそう感じたのです。

今生きる世界では知らず知らずのうちに今より何か良い物があるのではないかという錯覚に陥れさせられる様な気がします。資本主義から来る消費社会の性なのでしょうが、己、または人の価値はどんどん情報や数字(キャリア内容、収入、所有物)等に集中を余儀なくされてるような気がします。

そんな中で見たその少年の振る舞いはその『刹那』叡智に富んでいました。
そして、刹那と言いましたが、そういった類いの叡智は街中に転がっているんです。
午後のひと時には家の無い人々が道路で、幼児はズボンも靴も無く、無邪気に走り回り、お母さんは道ばたで果物を剥いたりしていますが、とても楽しそうな家族団欒が出来ています。
混雑した電車内で掴むつり革が無くなると、他の人の手は自分の持ったつり革に覆い被さってきます。
最初はびっくりしますが、自分が他の人の手の上からつり革を持っても何事も無かったように振る舞います。

その時、その場所で限られたものを共有する精神でしょうか。。。

このようにパラダイムを変えられると、もう後戻りは出来ません。(良い意味で)
インドに限らず世界中どこでも、表面的に見える事象は自分の見方一つでどんな物にも変わると考え始めたのです。

日々難しいタブラの課題と向き合って、日の出から日の暮れまで練習してもどうしても綺麗に出ない音、なかなか音楽的に発動出来ない内容のものがあり、先生に悩みを打ち明けた事がありました。

返って来た言葉は、

『カルマ(行い、修練等)に集中してるからそれで充分ではないか。『果実』(結果)は君が気付かない時に成り、必ず自然が還元してくれるよ。』

目の前に与えられてる事に集中出来る事。
それだけで至福の幸せなんだなと、先生からも教わりました。
そして、彼の演奏は太古の叡智がぎっしり詰まっていて、何百年も先を行った未来の音楽にさえも聴こえます。
歴史上の偉業を成し遂げたアーティストに引けを取らない知恵、時間や文化さえも超えて、純粋に力強く、自然で、美しい表現力。そんな彼の言葉には置き換えがたい説得力を感じました。

またまた、お金では買えないレッスンを受け取った気がします。

そんな事を胸に留め、今日も明日も、明後日も、はたまた死ぬまで僕は『音楽』という賜物と向き合って行ける事の幸せを再確認したのでした。
写真は路上でリラックスする牛(とても幸せそうです)と、パワーみなぎるムンバイの街路樹。
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# by koomuraa | 2014-03-20 13:07 | InDiA

インドというレンズで物事を見せられるということ

インドと言っても、一括りに出来ないところがこの国の魅力の一つだと、この土地に身を置いてはじめて思い知らされます。
公用語は軽く10言語を超え、伝統芸能は地域により違い、芸術や学問も太古の知識が残っていると思えば、西洋の技術を取り入れたものも急速に発達してるところも見えます。
語り始めたら切りがないですが、ひとつここで学んだ大事なことは。
『眼に見えるものをありのままで判断してはいけない。』

という事でしょうか。"Never judge a book by it's cover"という有名な格言がありますが、インドでの生活では日常の様々なところで思いがけない形で思い知らされます。

一つこちらで目撃したことを挙げたいと思います。

先ず、インドには物乞いが沢山居ます。しかも肉体的に見た事の無いような形の人が多々存在します。
片腕しか無い人、体中の筋肉が萎縮してしまってる人、下半身が無い人、体の構造そのものが運命の車輪の様に変形してしまってる人、アメーバ人間みたいな人。。。。。
挙げ始めると切りがないです。

その中で片手しか無い少年が居ました(おそらくかなり居るのでしょう)。両足、左手が無いです。
そして、駅の階段に座り物乞いをしています。

ある日駅のプラットホームでその少年を見かけました。
あの体で電車に乗るのは無理だろうと思っていましたが(ムンバイの電車とホームの間で段差がありその少年の身体能力では乗降は難しそうでした)
彼は自分の体をデッキに乗せた片手でひょいと持ち上げ難無く乗車し、溌剌とした表情で他の乗車客と会話をはじめました。

驚かされました。
実は内心不憫な思いで彼を見ていたので、そんな自分が急に恥ずかしくなったのです。
あの体で大変そうな行為を軽くやってのける様になれるには、彼なりの険しい道があったはずなのですが、なんとも朗らかに体を上手く使っているなと。思い返せば、駅の階段に居る時も、眼は澄んで落ち着いた表情でした。物乞いをするための階段の上り下りも毎日自分でやってる様です。

混沌とした環境の中で自分に与えられてる物の範囲の中で生活を紡いでいる少年の一面が見え、考えさせられました。

見た目よりも彼は周りの多くの人より幸せなのかもしれないなと。
あくまで個人的な憶測ですが、彼の振る舞いを見て少なくとも僕はそう感じたのです。

今生きる世界では知らず知らずのうちに今より何か良い物があるのではないかという錯覚に陥れさせられる様な気がします。資本主義から来る消費社会の性なのでしょうが、己、または人の価値はどんどん情報や数字(キャリア内容、収入、所有物)等に集中を余儀なくされてるような気がします。

そんな中で見たその少年の振る舞いはその『刹那』叡智に富んでいました。
そして、刹那と言いましたが、そういった類いの叡智は街中に転がっているんです。
午後のひと時には家の無い人々が道路で、幼児はズボンも靴も無く、無邪気に走り回り、お母さんは道ばたで果物を剥いたりしていますが、とても楽しそうな家族団欒が出来ています。
混雑した電車内で掴むつり革が無くなると、他の人の手は自分の持ったつり革に覆い被さってきます。
最初はびっくりしますが、自分が他の人の手の上からつり革を持っても何事も無かったように振る舞います。

その時、その場所で限られたものを共有する精神でしょうか。。。

このようにパラダイムを変えられると、もう後戻りは出来ません。(良い意味で)
インドに限らず世界中どこでも、表面的に見える事象は自分の見方一つでどんな物にも変わると考え始めたのです。

日々難しいタブラの課題と向き合って、日の出から日の暮れまで練習してもどうしても綺麗に出ない音、なかなか音楽的に発動出来ない内容のものがあり、先生に悩みを打ち明けた事がありました。

返って来た言葉は、

『カルマ(行い、修練等)に集中してるからそれで充分ではないか。『果実』(結果)は君が気付かない時に成り、必ず自然が還元してくれるよ。』

目の前に与えられてる事に集中出来る事。
それだけで至福の幸せなんだなと、先生からも教わりました。
そして、彼の演奏は太古の叡智がぎっしり詰まっていて、何百年も先を行った未来の音楽にさえも聴こえます。
歴史上の偉業を成し遂げたアーティストに引けを取らない知恵、時間や文化さえも超えて、純粋に力強く、自然で、美しい表現力。そんな彼の言葉には置き換えがたい説得力を感じました。

またまた、お金では買えないレッスンを受け取った気がします。

そんな事を胸に留め、今日も明日も、明後日も、はたまた死ぬまで僕は『音楽』という賜物と向き合って行ける事の幸せを再確認したのでした。
写真は路上でリラックスする牛(とても幸せそうです)と、パワーみなぎるムンバイの街路樹。
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# by koomuraa | 2014-03-20 13:06 | InDiA

インド洗礼を受ける西口明宏くん。

インドにやって来た西口君、
早速ちょっとファンキーな路上屋台のラッシー屋さんへ。。
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『ここの大丈夫なの?』
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『うお。。。。』
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『めっちゃ美味い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!』
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『魚も手で食うの?』
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『何これ!?美味すぎる。。。』
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『いふぁふぁふぃまふ。』
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『ア〜〜〜〜〜〜』
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『なんやねんこれ!?』
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『美味いからもう路上でもなんでも来い。』
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『やっぱ美味すぎる〜〜。』
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『なんか変な色のラッシーやけど。。。』
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『んんんん〜〜〜〜〜〜』
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『あへ〜〜〜〜』
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『手で食べるのは食材の本来のぬくもりを感じ取れてええな』
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『ああ、もう最高や。。。。』
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# by koomuraa | 2014-03-06 06:12 | InDiA

僕がインドに来た理由

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インドの偉大なタブラ奏者、アララカの言葉。(写真右)

And in your quest to be different, you will expand.
『違う冒険をすることで、あなたは拡張していくことでしょう。』

そして、この写真を拡張。

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これくらい音楽に入り込まなければ。良い顔してますね^^

とある著名なミュージシャンが生前の彼を、
Alla Rakha is the Einstein, the Picasso; he is the highest form of rhythmic development on this planet.
『アララカはリズムのアインシュタイン、そしてピカソ、この地球で最も進化したリズムの化身。』
と表現してた様です。

僕の音楽人生のある時期に、何を聴いても面白くなく、感動・感化されにくくなった事がありました。その時期に彼の演奏録音を聴いてとても勇気づけられたものです。

インドでこの人の意思を受け継いでいる人を探してみよう。
というのが、僕のインドへの旅の始まりでした。
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# by koomuraa | 2014-02-28 13:08