大村亘 ドラマー/作曲家 


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2016年インド滞在を振り返って

毎回インドに来て驚かされる事は、

いままで経験した事の無いなにかを見せてくれること。

それだけこの国がありとあらゆる社会の層、人種、それに伴う色彩豊かなな文化と言語で溢れているという事でしょう。

ふと気付くと自分は、
グジャラート人の家に下宿しており、
先生の一家はコンカニー人、
仲良くなった友人達はマハラシュトラ人、ベンガル人からケララ人まで多彩でした。

良く観察すると、それぞれの人種的特徴もあるし、勿論言語は違う。

なのでインド内ではヒンディー語は英語の様なもので、インド人同士、英語がだめならヒンディー語逆もまた然りとデフォルトの公用語が二つでバトンタッチしてる光景が観察出来ます。(勿論南インドに行くとヒンディーはあまり使われてないので話が変わってくるのですが)。

そんな中人間観察に最適の場所の一つはムンバイの電車。色んな階層の人々が乗り込んできます。
僕はいつも2等で移動してるので、乗ってくる人たちのバリエーションはことさら豊か(2等列車の切符は激安なので)。

そんななか盲目の唄うたい兼打楽器奏者と遭遇しました。

言葉で音楽の素晴らしさを語るのは非常に難しいのですが、なぜなら言語の擁する特徴やルールがどこかで音楽の源泉にフィルターをかけてしまう場合があるので。しかし、この人については自分なりに描写してみたいと思います。

ドールという両面太鼓を首からぶら下げた彼は自分でリズムを打ち出しながら歌っていました。

そしてその音楽の純粋な事。

心臓を鷲掴みにされて、涙腺を絞られる様な感覚。

そんな感覚に襲われました。

ただただその場に居る彼の音楽に一瞬で入り込んでしまいました。

魂が裸。

その周りにいた人々も彼の音楽に何かを感じたのでしょう、次々に盲目の彼のポケットや手にお金を恵み始めました。

お金を貰い始めても彼は歌う事を止めません。
そして、よく見ると光の入らない彼の目からす〜っと一線の涙が頬を伝うのが見えました。

その瞬間僕の頭の中には色んな事が巡りました。
盲目の人がムンバイでなんとか電車に乗り込む苦労。
日々の生活で容赦のない環境で感じるストレス。
ギリギリの貧困の中で太鼓と声しか無いのでその中で精一杯音を出すこと。

人としての彼の噛み締めてる酸いも甘いも全て音にぎっしり詰まっていました。

様々な逆境の中での報酬として、見えない知らない人々にお金を貰う喜びの涙だったのかもしれません。
終わったら深々とお辞儀をし、降車して行きました。

あまりにシンプルで美しくて僕は暫く茫然としていました。

ここまでただひたむきに音を出せる事ってなかなか無いなと。
世界の厳しさ、醜さを沢山経験しても、音を出す時は無邪気な子供の様に居られる。
そして、ほんのわずかな報酬でも喜びの涙が溢れる位、自分にとって必要最低限の環境の中で心のそこから幸せを感じる瞬間があるという事。

人として自分にも他の人の中にもこのような事を見出せたら幸せだろうなと思いました。

この世界に身を置いてると、知らず知らずのうちに常識やルール、自分の敷いてしまったこだわりのレールまたは他の人に敷かれたレール等に捕われてる事さえ気が付かずに一生を終える事もあるでしょう。

そんな目まぐるしい世界の中で、時間が止まり、ふと大切な何かに気付かせてくれる瞬間がインドには沢山あります。

目を凝らして自分が歩んでる道を幽体離脱した様な感覚で眺められる瞬間というか。なんというか。

絶望も希望も悲しみも喜びも表裏一体のコインの様に。
そんなコインが空中でくるくる回りながら四方八方に浮いてる様な光景が広がってる様に感じます。

今回の滞在を終えてみて、
突き詰めれば突き詰める程、自分の無知に気付かされます。

なので、まだ僕はこの国について何も知らないのかもしれません。
なので、きっとまた戻ってくるでしょう。

感謝の気持ちだけこの土地に残して。
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# by koomuraa | 2016-03-22 13:04 | InDiA

街角で

一昨年、毎日のように見かけた、両腕の無い子供。
錆びた薬缶を縫い付けられたホックにぶら下げてお金を目で訴えてたのが印象深い。

あの子はもう居ない。

どうなったかは概ね検討が付く。
手が無く、身寄りが無い子供がムンバイで生きて行くのは想像以上に過酷であろう。

ひとつ、言えるのは、苦しい中でもあの子は『瞬間瞬間』を生き抜いたのかなと。
他人の状況を正確に把握する事等無理なのは承知な上での憶測だが、少なくともそう思いたい。
あの子にはそうする以外に生きる術は無かった様に思える。

そのせいか瞳はとても綺麗だった。
哀しげだったが、曇っていなかった様に感じる。
あくまで僕個人の楽観視だが。。。

僕らは過去の遺産、またはお荷物、そして未来への希望または失望というこれまた別の荷物を背負って毎日を過ごしている様に思える。

僕らが正しいと思ってる事、間違っていると思っている事は、
個人、家族から始まり、その延長上の職場や社交現場を超えた歴史や文化という大きな流れの中で長い時を経て形成されて来たものであることは明瞭である。

テクノロジーが進歩するにつれ、
巨大な情報網の中で生きていると自分と向き合うのは至極困難な事の様に感じる。

自分にとって本当に必要な情報でさえも様々なフィルターを通され変形してやってくる。
そして、四方八方から色んなしがらみに揉まれながら生きることを余儀なくされるから。

音楽も過去の遺産を表面上の語法を真似ていては感動するものは召喚出来ない。
そこに真に感動するのはその語法を知る者のみか、流行に敏感な人達のみである。

だからといって歴史や言語から抽出出来る知識を無視してもいいと言っているわけでは無い。
何を経てそこに至ったかを知るのは『知識』として必要だがそれを真の『知性』に昇華出来るのは極めて一部の人間のみ。

自分はそこに憧れを感じる。

話は冒頭に戻るが、身寄りも無い子供が、
スラムのギャングの商売道具に両腕を切られ、
毎日路上で昼寝しながらお金を集めて人生を全うした。

目の前でそれを見ると、
自分の出す音に沢山の疑問が押し寄せて来るのと同時に、
ある種の覚悟を問われてる様な氣がする。

あの子と頻繁に遭遇したのは偶然とは思えないので。
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# by koomuraa | 2016-02-18 15:01 | thoughts

4度目のインド

久しぶりのブログ投稿です。

さてさて、今回は文化庁の新進芸術家海外研修制度の研修員としてインドに来てますが、
出鼻をくじかれるかの如くの発熱、下痢、嘔吐。
年末から正月にかけての世間のお祭り気分がまだしたりないのかという位(自分は怪我明けなのでおとなしくしてたのですが)ド派手に爆発しました。

これぞ俗に言うインド洗礼でしょうか。

思えばこの4年間、ここまで派手にインドに歓迎された事はなかったです。(欧米ではWelcome Showerと呼ばれてます。)後ろから前からスーパースプラッター映画状態です。
ここまで書いてしまえば笑えて来るのと、食事中の方がこの文章の部分に到達する前に先読みして既にページを閉じてる事を願ってます。

まあ、グロい話はこれくらいにしておいて、こちらに来るとやたら刺激が多いです。
やはり、ここは特殊な場所だなと。

税関ではパスポートチェックの際に20秒程本気の祈りを目の前でされました。(はい、背広を来ている公務員に。)

レストランで食べてたらいきなり路上の物売りがづかづか入って来て、僕と友人が座っているテーブルのナプキンを取り出し、そこにテーブルソルトをふんだんに盛り、包んで、ポッケに入れて、優雅にレストランを出て行きました。
店員さんも見てますが何も言わず。

なるほど、これもここでは有りなんだなと思い早速自分でも実験に移してみました。
相席で食事中、向いのインド人のおっちゃんのランチに付いてるピクルスと生タマネギとレモン(インドでオーダーするとデフォルトで出てくるのですが)に手を伸ばし食べてみてもな〜〜〜んにも言われません。

電車に乗ると恒例のオカマ登場。
その日は小銭持ってなかったので寝たふりをしてたら,
『寝てんじゃねーよテメー』とヒンディー語で言われ、頭ど突かれました。
あのヒジュラ(オカマ)からは祝福は貰えなさそうです。

そんなこんなでまだ一週間も経ってないですが、もうこちらに長い間居る感じがします。

こちらに来て強く感じるのは(主に日本に居る自分との比較から来る感覚なのでしょうが)

何の為に音楽やってるのかなと。
幼い頃から、日本を外と中から交互に見る様な環境で育った自分は(それも何度も)どうやら一つのパラダイムに属すのが苦手な様です。

ある意味、同じ場所に居ると、その場所に存在する人間や文化の虹模様のどこかに位置づけされてしまう様な気がしてならないのですね。

赤の部分も黄色の部分も青の部分も緑の部分も、それはそれで素敵ですが、虹のグラデーションを縦横無尽に行き来出来る生き方を出来るならとても愉しいだろうな。と、育ちの背景が自分をそうかき立てるのでしょうか。

ドラムが上手い人は腐る程居る。アメリカに行けば日本では天才天才と騒がれてる人も大勢の魚の一匹に過ぎないのは一目瞭然。

タブラにおいてもインドの外では(ロンドンやニューヨークやその他の主要文化都市)それなりにすごい稀少のタブラ奏者だともてはやされてても、インドで無名の若者でどうやったらそんなに楽器が上手くなるのですか、というほど目から鱗の人はわんさか居る。

クラシカル音楽においては更に広い海が広がってたり。

そうなると、自分の価値観ってとても小さな世界でしか通用しない限定通貨みたいな所も有るんだなとさえ思えて来ます。

昨夜は本国ではそこそこ著名なイタリア人の強力なアルトサックス奏者とライブでした。
彼はヨーロッパのみならず、インド、中国、アフリカ、オーストラリアとこの数年間ずっとツアーしっぱなしらしいですが、何故旅を続けるのと聞いたら、

『自分の物語が無い音楽家はどんな音を出しても結局説得力が無いから、自分しか伝えられない物語をいつも探しに。』

良い意味でイタリア人らしく、少しロマンチックに臭い言い回しでは有りましたが、共感出来ます。

矛盾している様ですが、
自分が大事にしている現実を捨ててしまうくらい思いっきりがないと見えない本質に到達出来ないのかな。

今回僕は腕を折って、演奏出来ない時期を経て、果たして元の能力に戻して行けるのかという懸念のお土産付きでインドに来ています。

この旅の先に何かが見えるのでしょうか。
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# by koomuraa | 2016-01-10 18:28 | InDiA

綾戸智恵さんとの演奏。そして新生Bungalowのお披露目。

昨夜は綾戸智恵さんと演奏でした。

音楽の広さは勿論のこと、彼女が遊泳して来た人が生を受けて経験する感情の酸いも甘いも、余す所無く感じ取れるステージを繰り広げる方でした。そんな印象を周りに与えても、底は全く見えない感じ。器がでかいとはこのことか。

共演した中村真さん、西嶋徹さんも日本屈指の演奏能力、表現力を持った大リスペクトな先輩方。
共に音を出せて光栄でした。

僕はまだまだひよっこです。

綾戸さんからはリハ後に控え室で、
『あたし、太鼓って大抵うるさいだけで好かへんねん。けど、君の太鼓は楽しくて好きやわ〜。』

と絡んでくれましたが、ステージ上では時にリハで通した内容とは全く別のベクトルに音楽をリードされて、たまに肩越しにちらりと眼光鋭く見られたり、楽しみながら試されてる感じがしてめちゃ愉しかった。

終演後は彼女自身の勉強熱心さにも驚きました。
サンスクリット主体のインド哲学、そして法話も熱心に勉強されてて、インド通いの僕には共感出来る部分が多かった。

そんなディープな方にも関わらず、絶え間なく客を笑いの坩堝に落として行く即興性、頭の回転の速さから来るユーモアの展開は圧巻でした。

世の中色んな人が居るもんです。
これだから、人生やってると愉しい。

是非またお会いしたい人です。

そして、新生Bungalow宣伝です。

10月9日(金)に渋谷JZBratで演奏します。

前座にするにはおこがましいのですが、Tom PiersonとMark Tourianという、巨匠、名手の二人によるDuo。
Tom PiersonはGil Evans, Woody Allen等業界のアイコンとも深い関わりが有り、佐藤浩一君の師匠でもあります。

そしてBungalow新メンバーのMike Rivettについて少し。
実は彼と僕が演奏してる動画を当時ボストン在住の浩一くんが見て、それで帰国後、僕のやってるジャムセッションに遊びに来たのです。そこから池尻さんを入れたトリオとしての活動が始まりました。
時を経て山本昌広を入れたBungalowが発足し、その後マサさんの後継としてマサさん本人も、
『マイクなら安心してBungalowの音楽を託せる。』と、運命の矢がマイクに向かいました。

マイクに話を持ちかけたら一言返事で、

『是非やりたい!』

と、現在のBungalowが在る訳です。

そんなマイクの評価は高いです。

Square Pusherとのコラボから、Mike Nock Trioの初期レギュラーメンバーで著名なウッドもエレキも使いこなすワールドクラスのベーシストCameron Undy。

Gary BartzやKurt Rosenwinkelのピアニストを長年務め、自己のプロジェクトではJo Jo Mayer, Mark Guiliana等と先鋭的な音を創り、グラミー賞もノミネートされてるオーストラリアのピアノの巨匠Barney McAll両氏より、

『議論抜きで、オーストラリアが生んだ最重要ミュージシャンの一人。貴重な才能。』

と国際的にトップレベルで活躍している音楽家達からも大絶賛です。

色んな運命の歯車がくるくる回りながら巡りに巡って噛み合って創られるべくして生まれて来た音が今のBungalowだと思ってます。

是非聴きに入らして下さい。
このコンサートに関しては、
『聴けて良かった。』
と思える風にしか事は運ばない気がしてやみません。

10/9(fri)
渋谷JZ Brat
1st:Open 17:30 Start 19:30
2nd:Start 21:00
入替なし 予約¥4,500 当日¥5,000

http://www.jzbrat.com/liveinfo/2015/10/

〜中川ヨウ produce vol.28〜
バンガロー「アンシーン・シーンズ」発売記念 Live
with トム・ピアソン(pf)&マーク・トゥリアン(b) Duo

バンガローは、聴く人に「今まで見たことがない音風景を見せる」ことで定評がありますが、第3作「アンシーン・シーンズ」での彼らは、新メンバーにオーストラリアの若手No.1サックス奏者、マイク・リべットを迎え、ますます音楽地図を広げています。また、"間の錬金術師"トム・ピアソン(pf)とマーク・トゥリアン(b)との心を打つDuoも、素晴らしいんです。ぜひ、おいでください!
(中川ヨウ・音楽評論家)
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# by koomuraa | 2015-08-28 12:45 | mUsIc

2015年ですね!

2014年は色んな意味(音楽も人生も)で沢山祝福して頂きましたが、
大晦日は踏んだり蹴ったり!でした。

先ず、事の始まりは少し時を遡ります。

2週間前インドビザ申請センターに出向いたら、
『パスポートの発行場所JapanじゃなくてChibaね。やり直し。』
と言われ、
『ええ?でもChibaはJapanでしょ、良いじゃん!。ここでチョチョッと修正出来ないんですか?』
笑顔でインド人のおっさん、
『ダメ、ナ(インドでは、『でしょ?』的の意)』
一度却下されるとネット上で3ページ程の申請書を再作成、ビザセンター再訪問を強いられる。

そして大晦日の朝、作り直して出向いたら、いつもは激混みな申請センターも僕の他に一人だけ。
ラッキー!
とテンション上がり、申請書再び提出。
20分程待たされる。(ほかに居ないのにこんなに待つのか。。。と思いながら。)
そして、
『オウムリ、コ、さ〜〜〜〜〜ん)』
『はい、オオムラコウです』
『これ、ご両親の名字抜けてるよ。』
『!!!!!????』(インドビザ申請は家族の情報全て記入を要される)
(うかつだ、名字を打ち込み忘れてる事に気付く)
『えと、チョチョッと手書きで書き添え出来ないで・・・・』
遮りながら笑顔でおっさん再び。

『ダ・メ・ナ♪』

やり直し決定。。。。。

その後、肩を落とし申請センターを後に。予定の友人と企画してる来年のイベント打ち合わせの前にどうしても練習したかったのでスタジオに直行。練習後、パソコン拝借して同じ様に申請書作成(これで3度目)
そしたら最終ページで。

『エラーです』
とのページ。
記入事項全部飛ぶ。
やり直し。

3度目ならず4度目の正直。
上手く印刷出来打ち合わせへ自転車を漕ぎまくる。
この時点でまだ本日何も食べていない。昼の13時半。

友人と落ち合い、とりあえずラーメンでも食べる事に。
入店先は大○軒に決定。半年振り。
濃厚なスープと太麺は汁が飛び散るので、あごが絶対に器の面積上にしっかり収まるように食べていた。
美味い!美味い!
進む進む!
そして、気が付いたらスープ見事にズボンに飛び散ってる!
確実に染みもの。
は〜。

まあ、これは諦めねばと思い、まだ腹が空いてたので追加で餃子注文の際、床の籠の中のジャケにしまっている財布を取ろうとかがんだら、

ひゅ〜〜〜〜〜ん

箸が見事に引っかかり、空中回転。
濃厚スープを更にズボンに飛び散らせながら、股に落下。

染み、かなりの飛散量。
上質な水墨画と思えば良いところだが、そうは問屋が下ろさない風情。

その後打ち合わせの為にカフェに移動し、一段落。
打ち合わせも無事終わる。
帰り際に駐輪していた自転車の鍵(4桁ロック)を回すと違和感。
普段はあまり桁を正解数からずらさないのだが、ハチャメチャにミックスされてる。
(だれかが盗もうとした痕跡の可能性大)

『は〜』

ここまで来ると流石にため息が出た。

これだけ続くと面白くなって来て、これは来年に向けての景気付けで厄払いだ!
と楽観的に開き直る事にしました。

皆様も行く年来る年、解釈次第で最高に仕立て上げられてること、心より願っております。

Happy New Year!
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# by koomuraa | 2015-01-01 00:18 | thoughts