大村亘 ドラマー/作曲家 


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5度目のインド

インドから帰国して間もなく一ヶ月が経過しようとしています。

帰国直前は既に長い年月インドに滞在し、もはや日本で何かをしている自分すら想像出来ない程、インドの香り、時の流れ、移り行く人々、飛び交う言語の海に心を無心にして浮かんでる様な気持ちでした。

その精神状態は、体がその特異な土地を離れても継続しますが、やはりどうしても無性にあの土地で感じ取った何かに心を寄せたくなるものです。

帰国後もすぐに中村真トリオでのツアーが始まり、目まぐるしく全国を移動していて、つい数日前漸く東京に落ち着きました。東京という都市に新鮮だなという感覚を覚える事に違和感を感じていたのですが、実質2017年に入り、東京で過ごした時間は2週間しか経っていない事に気付きました。。。

旅をしていると、心情が、移り行く景色と共に呼吸をし、束の間、あるいは刹那的な風景にとても凝縮した時間の流れを感じたりするものです。真夜中のムンバイの街をオートリクシャに乗って、二度と観る事の無い人達の様々な生の形を目の当たりにするのとどこか相似した感覚を覚えます。

毎度インド滞在では、今までの滞在と全く異質の何かを気付かされ、驚かされ、考えさせられ、のお土産が付いてきます。

今回のお土産はなんだったのだろうと、この一月考えていました。
日本全国うろうろしながら。

それは、実はどうやら僕はタブラを学ぶ為だけにインドを訪れてる訳では無いということ。

この事に対する認識は数年前から微かにあったのですが、今回の旅でより明確になりました。

2月頭、タブラの師匠のヨゲッシュ先生に一つのフレーズを到着してすぐ教わりました。

見本を見せて貰った時、そのあまりにも素晴らしく、表現力溢れたフレーズに感動して、自分のものにしたいという感情が溢れ出ました。
内心で、『このフレーズを毎日数時間しっかり叩けば3月末帰国する頃にはある程度叩ける様になってるかな。』

と今でもその心の声を克明に覚えてます。

1週間が過ぎても、滑らかに指が動きません。
2週間で少しマシになったかと思いきや、先生には、
『低音部のスピード感が高音を担う手順に比べたら抜けて来ないね。もっとゆっくり練習してご覧。』
その先2週間ゆっくり練習するが、なかなかイメージしてる、もしくは先生の様な低音が鳴らない。

そんなこんなで押し問答を7週間続け、帰国数日前になったが、結局上達したのはほんのわずかでした。

『7週間は短いですね、最初に教えて頂いたフレーズに尽くしたつもりですが、こんな結果しか出ませんでした。なんだか、もっと時間が欲しかったです。』

すると先生は軽く笑い、

『7週間は長いよ。ただ、何を主体に置くかで変わるものだよ。私が君のレベルに合った短いタブラの古典レパートリーを渡し、それを君が数個マスターするのには充分な時間だ。しかし、この旅で君に最初にあげたフレーズをマスターするにはあまりにも短いね。』

先生、最初からお見通しの様でした。
そしてこう続けました、

『知性とは、授かった知識から結果を期待したり求めない事だ。その知識の可能性を断定や制限しない為にね。だから今出来ないという結果に捕われなくていい。今理解出来ないという感覚に囚われなくても良い。その結果は極めて一時的で、いずれ別の行程に繋がり、君の旅をより豊かなものにしてくれる。』

その言葉は、タブラというとても難易度の高い楽器を通して、その他のありとあらゆるものに応用出来るアドバイスだと直感的に感じました。

利便性や結果を絶えず求められ生まれる現代人の精神の歪みというものがあります。
表面的な結果や、形以上の深い何かがあり、それこそが価値のあるものなのだよと、先生は7週間かけて僕に教えようとしてくれていたのだと思います。

その証拠として、なかなか上手くならないそのフレーズを絶えずモニタリングされてましたが、
『まだ出来ないのか?ちゃんと練習してるのか?』
等の台詞を先生は一度も言いませんでした。

僕の中の何かを試し、僕の中に何かの種を植えてくれたんだと思います。

その種の具体性は断定出来ませんが、数年、数十年経って、僕がまだこの人生を歩き続けていたら、揺るぎない財産になっている事にだけは、謙虚な自信があります。

またインドを訪れる日が待ち遠しい。
そして、あの街の香りが恋しく思えた初春の深夜でした。
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by koomuraa | 2017-04-26 00:20 | InDiA

先生について

連休明け仕事に戻るのが楽しみで仕方ないという方々。
休みが永遠に続けばいいのになと考えてる方々。
その両極の間のどこかに浮遊している方々。

そんな時間の中で僕がインドで聞いた少しほっこりするようで、
心をくすぐられるお話しをシェアしたいと思います。

僕のインドのタブラの先生Pandit Yogesh Samsi(以下YS)さんは幼い頃からインド古典音楽界の伝説的なタブラ奏者Ustad Alla Rakha KhanSaheb(以下AR)に幼い頃から見込まれ修行に取り組んでいました。
当時ARさんの息子Zakir Hussain(以下ZH)がインド古典業界で一世を風靡していた頃で、今世紀最高の天才とあがめられていました。やがて世界に出ていきジャンルと国境をまたいで数々の伝説的な演奏を記録していくのですが。。。

当時のYSさんは彼に追いつこう追いつこうと必死に練習していました。
聞くところによると学校の無い日は夜通し明け方まで(僕もこの練習メニューに付き合ったことありますがとてもハードです)

ところが憧れの天才のZHさんの師匠で自分の師匠でもあるARさんには怒られてばかりだったそうです。
何度やっても先生の満足を得られない果てには、

「お前にはこれは一生出来る様にならないんじゃないか?もういい。帰れ!」

とまで言い捨てられたそうです。

へこんだYSさんは数日間レッスンに行かなかったそうです。

その数日後、師匠のARさんから電話があり、

「今すぐ来い。今日はRavi Shankarさんの伴奏仕事だ。同行しろ。」

破門寸前だと思って気が乗らなかったYSさんはそれでも師匠の呼び出しなので出向きました。

タクシーに師匠と同乗し、最初に行き着いた場所はコンサート会場ではなく、YSさんの父(今は亡きPandit Dinkar Kaikini。著名で方々から尊敬されてた古典声楽家。)の当時教えてた音楽学校の彼の校長室でした。

「お前はここで待ってろ。」

と父の事務所の前の廊下に立たされたYSさんの心境は、

{きっと、もう僕に教えることは無い。稽古に息子をよこさなくていいと父に話してるんだろうな。。。}

と思ったそうです。

ほんの数分で出てきたARさんはYSさんを連れそのままコンサート会場に向かったそうです。
その日ARさんとYSさんの父の間で交わされた会話は明かされませんでした。
その日からもずっとARさんはYSさんを厳しく教えたそうです。

時は流れて25年。。。。。。

そのとき僕の先生のYSさんはインド古典業界で類を見ない実力者に成長していました。
世界中に弟子も居て大天才とあがめられていたZHさんも、

「父の伝統は私より彼、YSの方が熟知してものにしている。」

と絶賛するほどに。

師匠のARさんは他界もされていました。

ある日YSさんの父が、

「お前がまだ稽古真っ只中の時、一度ARさんがお前を廊下に待たせ私に会いに来た事を覚えてるか?」

とYSさんに問いかけました。

「もちろんです。とても不安な気持ちで廊下に立ってました。」

「あの時ARさんは、

{そこの廊下に立っている少年は、今世の中を騒がせている私の息子ZHとなんら変わらない素質を備えている。父としても見守ってやってくれ}

と私に告げてくれたんだよ。」

と。

長い間息子が成長する中で、真の成長の路線に定まった息子を見るまで、その太鼓判を伝えるのを長年待ったYSさんの父の偉大さに心打たれました。

そして先生とここ数年接してきた僕個人の解釈ですが、
彼は名声や周りの評価などに興味が無い人なのです。
それよりも重要なものがあるということを彼の父から教わったのだなと感じました。

今でもYSさんのご自宅には亡き父Dinkar Kaikiniさんの大きな写真が飾ってあります。

その容貌はとても奥深い瞳で優しい笑顔でなんとも言えない恍惚感にあふれています。
いつもインドでの修行が終わると先生の自宅に晩御飯に呼ばれます。
食前酒を彼の父の大きな写真が飾ってある居間で雑談しながら頂きます。
その空間の温かさは、僕が今までの人生で味わったものの中で最高のものです。

生きる中で何事も表面では悲しいことや、辛く耐え抜かなければならないことの裏にはとても大きな教えが含まれていると思います。

辛抱強く誠意をもって向き合うことの価値は万物万人に共通することなのかもしれません。
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by koomuraa | 2016-05-07 23:54 | InDiA

2016年インド滞在を振り返って

毎回インドに来て驚かされる事は、

いままで経験した事の無いなにかを見せてくれること。

それだけこの国がありとあらゆる社会の層、人種、それに伴う色彩豊かなな文化と言語で溢れているという事でしょう。

ふと気付くと自分は、
グジャラート人の家に下宿しており、
先生の一家はコンカニー人、
仲良くなった友人達はマハラシュトラ人、ベンガル人からケララ人まで多彩でした。

良く観察すると、それぞれの人種的特徴もあるし、勿論言語は違う。

なのでインド内ではヒンディー語は英語の様なもので、インド人同士、英語がだめならヒンディー語逆もまた然りとデフォルトの公用語が二つでバトンタッチしてる光景が観察出来ます。(勿論南インドに行くとヒンディーはあまり使われてないので話が変わってくるのですが)。

そんな中人間観察に最適の場所の一つはムンバイの電車。色んな階層の人々が乗り込んできます。
僕はいつも2等で移動してるので、乗ってくる人たちのバリエーションはことさら豊か(2等列車の切符は激安なので)。

そんななか盲目の唄うたい兼打楽器奏者と遭遇しました。

言葉で音楽の素晴らしさを語るのは非常に難しいのですが、なぜなら言語の擁する特徴やルールがどこかで音楽の源泉にフィルターをかけてしまう場合があるので。しかし、この人については自分なりに描写してみたいと思います。

ドールという両面太鼓を首からぶら下げた彼は自分でリズムを打ち出しながら歌っていました。

そしてその音楽の純粋な事。

心臓を鷲掴みにされて、涙腺を絞られる様な感覚。

そんな感覚に襲われました。

ただただその場に居る彼の音楽に一瞬で入り込んでしまいました。

魂が裸。

その周りにいた人々も彼の音楽に何かを感じたのでしょう、次々に盲目の彼のポケットや手にお金を恵み始めました。

お金を貰い始めても彼は歌う事を止めません。
そして、よく見ると光の入らない彼の目からす〜っと一線の涙が頬を伝うのが見えました。

その瞬間僕の頭の中には色んな事が巡りました。
盲目の人がムンバイでなんとか電車に乗り込む苦労。
日々の生活で容赦のない環境で感じるストレス。
ギリギリの貧困の中で太鼓と声しか無いのでその中で精一杯音を出すこと。

人としての彼の噛み締めてる酸いも甘いも全て音にぎっしり詰まっていました。

様々な逆境の中での報酬として、見えない知らない人々にお金を貰う喜びの涙だったのかもしれません。
終わったら深々とお辞儀をし、降車して行きました。

あまりにシンプルで美しくて僕は暫く茫然としていました。

ここまでただひたむきに音を出せる事ってなかなか無いなと。
世界の厳しさ、醜さを沢山経験しても、音を出す時は無邪気な子供の様に居られる。
そして、ほんのわずかな報酬でも喜びの涙が溢れる位、自分にとって必要最低限の環境の中で心のそこから幸せを感じる瞬間があるという事。

人として自分にも他の人の中にもこのような事を見出せたら幸せだろうなと思いました。

この世界に身を置いてると、知らず知らずのうちに常識やルール、自分の敷いてしまったこだわりのレールまたは他の人に敷かれたレール等に捕われてる事さえ気が付かずに一生を終える事もあるでしょう。

そんな目まぐるしい世界の中で、時間が止まり、ふと大切な何かに気付かせてくれる瞬間がインドには沢山あります。

目を凝らして自分が歩んでる道を幽体離脱した様な感覚で眺められる瞬間というか。なんというか。

絶望も希望も悲しみも喜びも表裏一体のコインの様に。
そんなコインが空中でくるくる回りながら四方八方に浮いてる様な光景が広がってる様に感じます。

今回の滞在を終えてみて、
突き詰めれば突き詰める程、自分の無知に気付かされます。

なので、まだ僕はこの国について何も知らないのかもしれません。
なので、きっとまた戻ってくるでしょう。

感謝の気持ちだけこの土地に残して。
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by koomuraa | 2016-03-22 13:04 | InDiA

4度目のインド

久しぶりのブログ投稿です。

さてさて、今回は文化庁の新進芸術家海外研修制度の研修員としてインドに来てますが、
出鼻をくじかれるかの如くの発熱、下痢、嘔吐。
年末から正月にかけての世間のお祭り気分がまだしたりないのかという位(自分は怪我明けなのでおとなしくしてたのですが)ド派手に爆発しました。

これぞ俗に言うインド洗礼でしょうか。

思えばこの4年間、ここまで派手にインドに歓迎された事はなかったです。(欧米ではWelcome Showerと呼ばれてます。)後ろから前からスーパースプラッター映画状態です。
ここまで書いてしまえば笑えて来るのと、食事中の方がこの文章の部分に到達する前に先読みして既にページを閉じてる事を願ってます。

まあ、グロい話はこれくらいにしておいて、こちらに来るとやたら刺激が多いです。
やはり、ここは特殊な場所だなと。

税関ではパスポートチェックの際に20秒程本気の祈りを目の前でされました。(はい、背広を来ている公務員に。)

レストランで食べてたらいきなり路上の物売りがづかづか入って来て、僕と友人が座っているテーブルのナプキンを取り出し、そこにテーブルソルトをふんだんに盛り、包んで、ポッケに入れて、優雅にレストランを出て行きました。
店員さんも見てますが何も言わず。

なるほど、これもここでは有りなんだなと思い早速自分でも実験に移してみました。
相席で食事中、向いのインド人のおっちゃんのランチに付いてるピクルスと生タマネギとレモン(インドでオーダーするとデフォルトで出てくるのですが)に手を伸ばし食べてみてもな〜〜〜んにも言われません。

電車に乗ると恒例のオカマ登場。
その日は小銭持ってなかったので寝たふりをしてたら,
『寝てんじゃねーよテメー』とヒンディー語で言われ、頭ど突かれました。
あのヒジュラ(オカマ)からは祝福は貰えなさそうです。

そんなこんなでまだ一週間も経ってないですが、もうこちらに長い間居る感じがします。

こちらに来て強く感じるのは(主に日本に居る自分との比較から来る感覚なのでしょうが)

何の為に音楽やってるのかなと。
幼い頃から、日本を外と中から交互に見る様な環境で育った自分は(それも何度も)どうやら一つのパラダイムに属すのが苦手な様です。

ある意味、同じ場所に居ると、その場所に存在する人間や文化の虹模様のどこかに位置づけされてしまう様な気がしてならないのですね。

赤の部分も黄色の部分も青の部分も緑の部分も、それはそれで素敵ですが、虹のグラデーションを縦横無尽に行き来出来る生き方を出来るならとても愉しいだろうな。と、育ちの背景が自分をそうかき立てるのでしょうか。

ドラムが上手い人は腐る程居る。アメリカに行けば日本では天才天才と騒がれてる人も大勢の魚の一匹に過ぎないのは一目瞭然。

タブラにおいてもインドの外では(ロンドンやニューヨークやその他の主要文化都市)それなりにすごい稀少のタブラ奏者だともてはやされてても、インドで無名の若者でどうやったらそんなに楽器が上手くなるのですか、というほど目から鱗の人はわんさか居る。

クラシカル音楽においては更に広い海が広がってたり。

そうなると、自分の価値観ってとても小さな世界でしか通用しない限定通貨みたいな所も有るんだなとさえ思えて来ます。

昨夜は本国ではそこそこ著名なイタリア人の強力なアルトサックス奏者とライブでした。
彼はヨーロッパのみならず、インド、中国、アフリカ、オーストラリアとこの数年間ずっとツアーしっぱなしらしいですが、何故旅を続けるのと聞いたら、

『自分の物語が無い音楽家はどんな音を出しても結局説得力が無いから、自分しか伝えられない物語をいつも探しに。』

良い意味でイタリア人らしく、少しロマンチックに臭い言い回しでは有りましたが、共感出来ます。

矛盾している様ですが、
自分が大事にしている現実を捨ててしまうくらい思いっきりがないと見えない本質に到達出来ないのかな。

今回僕は腕を折って、演奏出来ない時期を経て、果たして元の能力に戻して行けるのかという懸念のお土産付きでインドに来ています。

この旅の先に何かが見えるのでしょうか。
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by koomuraa | 2016-01-10 18:28 | InDiA

日本への空路まであと数時間

2014年インドの旅、最後の日です。

音楽修行。
タブラの修行。
人生修行。

の目的でこの土地に再度降り立ち、3ヶ月間切磋琢磨しましたが、想像を遥かに超えた、インドの奥深い文化の層の厚さに圧倒させられました。

これでも、上層部をぺろりと舐めただけの程度なのでしょうが。。。
太古の文化、文明、習慣が、高スピードで変化する現代社会と共存する本当にユニークで、
思考回路と、心を解放さえしていれば、無限の知恵と、挑戦が待ち構えてる、迷宮の様な場所でした。

上記に挙げた点に集約出来ない程の経験を沢山頂きました。

出発を期に今回の旅で友達になった、スラム街出身の掃除人『マガン』を紹介します。

マガンは東バンドラというムンバイ最大のスラムの住人です。
そして、僕が良くドラムの練習をさせてもらっていた、アーツ、ダンス、シネマ、音楽、などに使われているアクティビティスペース『バンドラ・ベース』の掃除人です。

彼の仕事はその部屋を掃除する事。
その建物の周りも掃除する事。

そしてその仕事ぶりが実に見事。

隅々までツルツルピカピカにして行きます。
トイレ掃除等も素手で、入念に水滴一つ無い状態にまで掃除して行きます。
更に、常設楽器や、電球の裏側、窓の淵の隅々まで。。素晴らしい仕事ぶりです。

そして、彼は英語を殆ど喋らないので、ヒンディー語の良い練習相手でもありました。

『明日、日本に帰ります。』
と伝えたら、とても哀しそうな顔をしましたが、ぽっと顔が火照り、
『僕もいつか日本に遊びに行くよ!』
とニコニコし始めました。
『航空券はいくら位?』
と聞かれ、
『往復で安い時で40000ルピー位かな?(8万円弱)』
と伝えると、一瞬また表情が曇りました。しかし、すぐ元に戻り。
『私は貧乏なので、ここで一生懸命働くよ!』
と笑顔で答えてくれました。

(後で知ったのですが、彼のそこでの月給は3000ルピーです(6千円弱))それで4人家族の一家をやりくりしています。ムンバイは世界で稀に見る貧富の差が如実に解る街です。勿論マガンよりも定収入の人も居ます。)

掃除してる時の彼は時々友人から借りた古ぼけたラジオで昔のヒンディー音楽を聞いています。
満面の笑みを浮かべながら、隅々まで部屋を掃除しながら。

『これは僕が小さい頃から聴いてた大好きな曲なんだ!』

と、無邪気な子供のように自慢してくれた事がありました。

沢山の肉体労働の後は、手ぶらでとことことサンダルと短パン姿でスラムの方に歩いて帰って行きます。

そんな彼には色んな事を教わりました。

ごく当たり前の事なのですが、気付く(言う)は易し、行うは難し。
あれだけ隅々まで綺麗にする事は要求されていないですが、自発的に要求以上の仕事をいつもしっかりこなします。
そして、その内容に誇りを感じ、幸せを感じているという事には何か強い力を感じました。

彼が掃除するように音楽を演奏出来たら良いな。
と、ふと思わせてくれる様なひたむきさでした。

目の前にある与えられた事を無駄にしない。
何かを証明する為にでも無く、ただひたむきに遣える事。仕える事。

仕事。

という漢字の美徳が体現されてる様な人。

『リーダーになる為の秘訣は、先ず仕える事にある。』

という言葉を、インドの高僧S.Vivekanandaが残しています。

僕が大志を抱いて、表現や音楽力や知識を求めて来た目標がちっぽけに見える位、彼のひたむきな自分の仕事に仕える事の方が純粋な芸術に感じました。

芸術ってやはり、日常の至る所に自然に転がっているものが、ふと美しい形で具現化されたものに過ぎないのかなと思います。

他の何かと比べる訳でも無く、
既存のシステムに影響されたりする訳でも無く、
無理に実験したりする訳でも無く、
見栄を張る訳でもなく、
流行に踊らされる訳でもなく、

ごく自然にひたむきにひたむきに生きる事。

そんな素朴な真実をちらりとマガンには見せてもらった様な気がします。

練習してる僕に、

『アープコ バジャー バホット アチャー!』(あなたの演奏素晴らしい!)

と笑顔で何度か声をかけてくれた事がありました。

彼のひたむきさに比べたら、僕なんてまだまだペーペーです。
と、思う反面、そんな彼に褒められる事はこの上なく嬉しかった。

マガン、本当にありがとう!
また会える日まで。
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by koomuraa | 2014-04-11 06:13 | InDiA

2014年グルジとの最後のレッスン

今日は今回のインド滞在中のタブラレッスン最後の日でした。
明日からグルジはイギリスへ1ヶ月のツアーに旅立ちます。

2013年に弟子入りし、最初の3ヶ月は何もかもが新鮮で、ただただ圧倒されるばかりでした。
今回、2014年は、ヒンディー語やタブラの言語にも少し慣れて来たので、最初の様な斬新さは薄れるかと思いきや、全く予想外・予想以上でとても濃密で、新たな発見も多く、未知のリズムや音色、思考回路などを目の当たりにし、どれをとってもまた成長する為の種を沢山頂いたなと思える素晴らしい11週間でした。

沢山の時間を偉大な演奏家と共有する事は、その人の保有するエネルギーからも影響を受けるので、自然と普段気付かない事や、ないがしろにしていた事などを多角的に見せられた気がしました。

自分にとってタブラを追求する事は、全く異質な文化、音楽システム・音楽言語を通して自分を見直す事も、その一つの目的・課題として据えています。

インド古典の世界は摩訶不思議で歴史も長く、故に奥深く、多数の豊かな表現方法を含んでいますが、ゼロからそれを学ぶ事により、こういう部分は自分は実は飲み込みが遅いんだとか、こういう部分は飲み込みが速いけど、浅くしか理解していないんだというような事を体感出来ます。表面的な事より、そういった自己の深層心理を学ぶ事も多かったような気がします。

『しっかり確実に上って行けば良い。頂上の無い山だけど、確実に上って行けば、しばらくした後に見下ろす景色はきっと美しいものだから。』

グルジのアドバイスの一つでした。

16年程叩いているドラムですが、
またゼロからはじめ直しだなと思わせてくれるような訓練の日々でした。
こういう風に思える、感じれる事はなんだかんだとても幸せな事だと思います。

昨晩はグルジの自宅で信じられない程美味しい魚カレーを御馳走になりました。
写真は美味しすぎて手が震えてぶれてますが、その時の料理です。

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by koomuraa | 2014-04-02 21:25 | InDiA

インドというレンズで物事を見せられるということ

インドと言っても、一括りに出来ないところがこの国の魅力の一つだと、この土地に身を置いてはじめて思い知らされます。
公用語は軽く10言語を超え、伝統芸能は地域により違い、芸術や学問も太古の知識が残っていると思えば、西洋の技術を取り入れたものも急速に発達してるところも見えます。
語り始めたら切りがないですが、ひとつここで学んだ大事なことは。

『眼に見えるものをありのままで判断してはいけない。』

という事でしょうか。"Never judge a book by it's cover"という有名な格言がありますが、インドでの生活では日常の様々なところで思いがけない形で思い知らされます。

一つこちらで目撃したことを挙げたいと思います。

先ず、インドには物乞いが沢山居ます。しかも肉体的に見た事の無いような形の人が多々存在します。
片腕しか無い人、体中の筋肉が萎縮してしまってる人、下半身が無い人、体の構造そのものが運命の車輪の様に変形してしまってる人、アメーバ人間みたいな人。。。。。
挙げ始めると切りがないです。

その中で片手しか無い少年が居ました(おそらくかなり居るのでしょう)。両足、左手が無いです。
そして、駅の階段に座り物乞いをしています。

ある日駅のプラットホームでその少年を見かけました。
あの体で電車に乗るのは無理だろうと思っていましたが(ムンバイの電車とホームの間で段差がありその少年の身体能力では乗降は難しそうでした)
彼は自分の体をデッキに乗せた片手でひょいと持ち上げ難無く乗車し、溌剌とした表情で他の乗車客と会話をはじめました。

驚かされました。
実は内心不憫な思いで彼を見ていたので、そんな自分が急に恥ずかしくなったのです。
あの体で大変そうな行為を軽くやってのける様になれるには、彼なりの険しい道があったはずなのですが、なんとも朗らかに体を上手く使っているなと。思い返せば、駅の階段に居る時も、眼は澄んで落ち着いた表情でした。物乞いをするための階段の上り下りも毎日自分でやってる様です。

混沌とした環境の中で自分に与えられてる物の範囲の中で生活を紡いでいる少年の一面が見え、考えさせられました。

見た目よりも彼は周りの多くの人より幸せなのかもしれないなと。
あくまで個人的な憶測ですが、彼の振る舞いを見て少なくとも僕はそう感じたのです。

今生きる世界では知らず知らずのうちに今より何か良い物があるのではないかという錯覚に陥れさせられる様な気がします。資本主義から来る消費社会の性なのでしょうが、己、または人の価値はどんどん情報や数字(キャリア内容、収入、所有物)等に集中を余儀なくされてるような気がします。

そんな中で見たその少年の振る舞いはその『刹那』叡智に富んでいました。
そして、刹那と言いましたが、そういった類いの叡智は街中に転がっているんです。
午後のひと時には家の無い人々が道路で、幼児はズボンも靴も無く、無邪気に走り回り、お母さんは道ばたで果物を剥いたりしていますが、とても楽しそうな家族団欒が出来ています。
混雑した電車内で掴むつり革が無くなると、他の人の手は自分の持ったつり革に覆い被さってきます。
最初はびっくりしますが、自分が他の人の手の上からつり革を持っても何事も無かったように振る舞います。

その時、その場所で限られたものを共有する精神でしょうか。。。

このようにパラダイムを変えられると、もう後戻りは出来ません。(良い意味で)
インドに限らず世界中どこでも、表面的に見える事象は自分の見方一つでどんな物にも変わると考え始めたのです。

日々難しいタブラの課題と向き合って、日の出から日の暮れまで練習してもどうしても綺麗に出ない音、なかなか音楽的に発動出来ない内容のものがあり、先生に悩みを打ち明けた事がありました。

返って来た言葉は、

『カルマ(行い、修練等)に集中してるからそれで充分ではないか。『果実』(結果)は君が気付かない時に成り、必ず自然が還元してくれるよ。』

目の前に与えられてる事に集中出来る事。
それだけで至福の幸せなんだなと、先生からも教わりました。
そして、彼の演奏は太古の叡智がぎっしり詰まっていて、何百年も先を行った未来の音楽にさえも聴こえます。
歴史上の偉業を成し遂げたアーティストに引けを取らない知恵、時間や文化さえも超えて、純粋に力強く、自然で、美しい表現力。そんな彼の言葉には置き換えがたい説得力を感じました。

またまた、お金では買えないレッスンを受け取った気がします。

そんな事を胸に留め、今日も明日も、明後日も、はたまた死ぬまで僕は『音楽』という賜物と向き合って行ける事の幸せを再確認したのでした。
写真は路上でリラックスする牛(とても幸せそうです)と、パワーみなぎるムンバイの街路樹。
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by koomuraa | 2014-03-20 13:07 | InDiA

インドというレンズで物事を見せられるということ

インドと言っても、一括りに出来ないところがこの国の魅力の一つだと、この土地に身を置いてはじめて思い知らされます。
公用語は軽く10言語を超え、伝統芸能は地域により違い、芸術や学問も太古の知識が残っていると思えば、西洋の技術を取り入れたものも急速に発達してるところも見えます。
語り始めたら切りがないですが、ひとつここで学んだ大事なことは。
『眼に見えるものをありのままで判断してはいけない。』

という事でしょうか。"Never judge a book by it's cover"という有名な格言がありますが、インドでの生活では日常の様々なところで思いがけない形で思い知らされます。

一つこちらで目撃したことを挙げたいと思います。

先ず、インドには物乞いが沢山居ます。しかも肉体的に見た事の無いような形の人が多々存在します。
片腕しか無い人、体中の筋肉が萎縮してしまってる人、下半身が無い人、体の構造そのものが運命の車輪の様に変形してしまってる人、アメーバ人間みたいな人。。。。。
挙げ始めると切りがないです。

その中で片手しか無い少年が居ました(おそらくかなり居るのでしょう)。両足、左手が無いです。
そして、駅の階段に座り物乞いをしています。

ある日駅のプラットホームでその少年を見かけました。
あの体で電車に乗るのは無理だろうと思っていましたが(ムンバイの電車とホームの間で段差がありその少年の身体能力では乗降は難しそうでした)
彼は自分の体をデッキに乗せた片手でひょいと持ち上げ難無く乗車し、溌剌とした表情で他の乗車客と会話をはじめました。

驚かされました。
実は内心不憫な思いで彼を見ていたので、そんな自分が急に恥ずかしくなったのです。
あの体で大変そうな行為を軽くやってのける様になれるには、彼なりの険しい道があったはずなのですが、なんとも朗らかに体を上手く使っているなと。思い返せば、駅の階段に居る時も、眼は澄んで落ち着いた表情でした。物乞いをするための階段の上り下りも毎日自分でやってる様です。

混沌とした環境の中で自分に与えられてる物の範囲の中で生活を紡いでいる少年の一面が見え、考えさせられました。

見た目よりも彼は周りの多くの人より幸せなのかもしれないなと。
あくまで個人的な憶測ですが、彼の振る舞いを見て少なくとも僕はそう感じたのです。

今生きる世界では知らず知らずのうちに今より何か良い物があるのではないかという錯覚に陥れさせられる様な気がします。資本主義から来る消費社会の性なのでしょうが、己、または人の価値はどんどん情報や数字(キャリア内容、収入、所有物)等に集中を余儀なくされてるような気がします。

そんな中で見たその少年の振る舞いはその『刹那』叡智に富んでいました。
そして、刹那と言いましたが、そういった類いの叡智は街中に転がっているんです。
午後のひと時には家の無い人々が道路で、幼児はズボンも靴も無く、無邪気に走り回り、お母さんは道ばたで果物を剥いたりしていますが、とても楽しそうな家族団欒が出来ています。
混雑した電車内で掴むつり革が無くなると、他の人の手は自分の持ったつり革に覆い被さってきます。
最初はびっくりしますが、自分が他の人の手の上からつり革を持っても何事も無かったように振る舞います。

その時、その場所で限られたものを共有する精神でしょうか。。。

このようにパラダイムを変えられると、もう後戻りは出来ません。(良い意味で)
インドに限らず世界中どこでも、表面的に見える事象は自分の見方一つでどんな物にも変わると考え始めたのです。

日々難しいタブラの課題と向き合って、日の出から日の暮れまで練習してもどうしても綺麗に出ない音、なかなか音楽的に発動出来ない内容のものがあり、先生に悩みを打ち明けた事がありました。

返って来た言葉は、

『カルマ(行い、修練等)に集中してるからそれで充分ではないか。『果実』(結果)は君が気付かない時に成り、必ず自然が還元してくれるよ。』

目の前に与えられてる事に集中出来る事。
それだけで至福の幸せなんだなと、先生からも教わりました。
そして、彼の演奏は太古の叡智がぎっしり詰まっていて、何百年も先を行った未来の音楽にさえも聴こえます。
歴史上の偉業を成し遂げたアーティストに引けを取らない知恵、時間や文化さえも超えて、純粋に力強く、自然で、美しい表現力。そんな彼の言葉には置き換えがたい説得力を感じました。

またまた、お金では買えないレッスンを受け取った気がします。

そんな事を胸に留め、今日も明日も、明後日も、はたまた死ぬまで僕は『音楽』という賜物と向き合って行ける事の幸せを再確認したのでした。
写真は路上でリラックスする牛(とても幸せそうです)と、パワーみなぎるムンバイの街路樹。
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by koomuraa | 2014-03-20 13:06 | InDiA

インド洗礼を受ける西口明宏くん。

インドにやって来た西口君、
早速ちょっとファンキーな路上屋台のラッシー屋さんへ。。
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『ここの大丈夫なの?』
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『うお。。。。』
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『めっちゃ美味い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!』
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『魚も手で食うの?』
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『何これ!?美味すぎる。。。』
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『いふぁふぁふぃまふ。』
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『ア〜〜〜〜〜〜』
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『なんやねんこれ!?』
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『美味いからもう路上でもなんでも来い。』
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『やっぱ美味すぎる〜〜。』
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『なんか変な色のラッシーやけど。。。』
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『んんんん〜〜〜〜〜〜』
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『あへ〜〜〜〜』
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『手で食べるのは食材の本来のぬくもりを感じ取れてええな』
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『ああ、もう最高や。。。。』
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by koomuraa | 2014-03-06 06:12 | InDiA

エレファンタ島

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『これは仮の姿。』
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『ようこそ。』
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『誰君?』
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『へ〜ジパング。はるばるご苦労さん。』
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『苦しゅう無い、もそっと近う寄れ。とか言うんでしょ?』
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『我々、変幻自在なの。』
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『こんな姿にもね。』
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by koomuraa | 2014-02-24 12:00 | InDiA