大村亘 ドラマー/作曲家 


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カテゴリ:thoughts( 9 )

魚津ミュージックキャンプ2017を終えて

ピアニスト中村真さん主催の魚津ミュージックキャンプに講師として招聘され、1週間の濃密な時間を過ごさせて頂きました。

これで2度目の参加です。

内容は去年に比べ更に濃く、深く、参加者の人数と多様性も増し、生産的な時間が流れていたと思います。

先ずこのような企画を何年も継続されている中村真さんに敬意を表したいです。
生半可な気持ちではこのような自発性、自主性を重んじたジャンルフリーのキャンプを継続は出来ないと思います。

経済面、芸術面、教育面、共生面、等あらゆる面に於いて、試される事が多い、責任あるイベントだと思います。

継続は力なり。
長年の継続から芽生えたものなのか、全国からジャンル、経験問わず大勢の方が参加するキャンプに成長しました。
これからも進化し続けるでしょう。

このキャンプの一番の魅力は、嫌でも自分の主観を揺らされる事だと思います。
普段は何かしらの音楽言語(ジャズ、即興、ブラジリアン、アラブ、ゴスペル)の礎を主幹としている人でも自分と違う音楽言語を喋る人とセッションをした時に必然的に生まれる違和感を経験する事は少なくないでしょう。
その違和感を覚えるからこそ養われる客観性が存在すると思います。
音楽的主観の相違から受け取る他人の個性への印象は共同生活をしているが故に、生活の他の部分でも垣間見えたりと、想像以上の情報量を吸収・消化する体験を出来る空間だと思います。

参加者の皆様は(勿論講師、スタッフも含め)自分の理想としているAesthetics(美意識)が違うフィルターを通ると表面的な印象を与えていたり、魂で感じていて、真に伝えたい事を伝達する事がどれほど創意工夫を擁するか等気付く事も多かったのではないでしょうか。。

それらを各々のフィルターで感じ取り、新しい何かに取り組む為のきっかけになることは、日常ではそう簡単に見つけられないかと思います。

多様性の中で主観と客観をふるい分ける能力は、音楽や芸術だけの世界にとどまらず、この地球という大きな乗り物に乗っている一人一人の人間にとって、大事な財産だと思います。

グローバル化とネットによる情報伝達のスピードの加速が進むにつれて世界の様相は想像を絶するスピードで変化しています。その中で、活字化したセオリーで育むウンチクでは無く、楽器を持って、共同生活をし、あらゆる価値観に耳と心を傾ける実体験ベースの作業は、今後の世界に生きる一員としての知性のきっかけになると信じています。

参加者はじめスタッフ、講師の皆様、本当にお疲れさまでした。
そしてありがとうございました。
さらに、この場を借りて、朝日新聞社からの助成金、更に個人でもこのキャンプを助成して下さった方々に御礼申し上げたいと思います。

最後に、繰り返しにはなりますが、ピアニストとして洗練された能力を持っている中村真さんがご自分の貴重な時間を割き、この様な育成や気付きのプラトフォームを具現化され続けている事に感謝したいと思います。

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by koomuraa | 2017-09-26 00:20 | thoughts

You Already Know

Bungalowの第四作、『You Already Know』の発売記念ツアーが間もなく始まります。

長年Bungalowを応援して下さっている方々は既にその音を吟味し各々の感想を抱いてくれていると思います。

『音楽は音楽のままで良い。』

という、いわば純ミュージシャン的な見解はよく見受けるところですが、
ものの本質を考えると、思考の中である種の言葉をフィルターに音楽を見つめる、または音楽がある種の言葉とカップリングされて己の中に入ってくるのはとても日常的な事だと思います。(それは印象に残った映画の台詞の背景に鳴っていた音楽であったり、自分の中のモノローグに合う音楽が好きになったり等。)人間の感性は五感からその先(第6感、7感。。。)も含め互換性があるものです。視覚を刺激する聴覚があり、味覚を刺激する嗅覚があり逆もまた然り。直感を刺激する直感があったり。。。

少し回りくどいですが、前置きはこれくらいにしておき、本作品を僕の言葉で少しだけ説明する事に対しての前置きと解釈して頂けたら嬉しいです。




額縁の無い一枚の大きな絵画が存在したとして、それが無重力空間にバラバラに飛び散り、無数のピースが空間を漂っていると想像して欲しい。


この世界に生を受け、個として存在しているとはそう言う事なのかもしれない。


ある朝電車に乗るとする。特に満員の通勤ラッシュを狙うと良いかもしれない。

そこには自分の人生と接点の無いと思われる無数の人々が幾多の感情や念を『見えない』キャリーバッグやリュックサック、スーツケースで運んでいる。その中身の実態は皮肉にも表情か眼差しに宿り外界へ見え隠れする。その見えない何かに触れ合う瞬間、こちらも目に見えない感情を刺激される。相手の何かに自分を投影すると言った方が良いかもしれない。それはパズルのピースが刹那的に接着する感覚と似ている。言葉は交わしていないのに、相手の発している何かに反応して、その人の人生の断片を疑似体験してしまう。刹那的に繋がったパズルのピースは、その相手が既に繋がっている別のピースがどのような模様をしているのかさえ、自分の中で描写してしまう。その描写が妄想という域を脱さなくても、イマジネーションが生き物の様に呼吸しているあり様を感じ取れる時程、『生きてる』、と実感する事は無いのかもしれない。

   

ムンバイの駅のプラットホームで股関節から湾曲し、脚が『運命の車輪』の様に絡まり、胴体ごと転がりながら物乞いをする人に遭遇した。その肉体の有様に度肝を抜かれると同時に彼の澄んだ瞳は、自分の受けた『生』をありのまま受け入れているとしか思えない様だった。自分の勘違いなのかもしれないが、何故か寒い日に飲むけんちん汁が五臓六腑に染み渡ると感じる程、腑に落ちた。先述の満員電車の中でスマホやタブレットを目的も無くただ眺める人の瞳より、生命力に溢れていた。人生の時間にしたらほんの一瞬の遭遇かもしれないが、不平不満が蔓延する現代社会では稀に観る瞳に自分の感情はくすぐられた。妙な共感が時間を超えて、その人の人生の別のパズルのピースと繋がった。もしかして、自分は彼だったのかもしれない。はたまた、次の人生で自分が彼になるのかもしれない。その彼と目を合わせた時間には過去も未来も存在せず、ただ、その時に感じ取った印象的な何かに想像力が点火された。

   

輪廻というものの断片を観た気さえもした。

   

東京のとあるバーでワインを飲んでいた。葡萄の種類はピノノワールでカリフォルニアのものだった。薄皮で繊細な葡萄であるピノがどの様な気候で育ってどんな人達の手に因って実を摘まれ樽で熟成して行ったかを想像するだけで、その場に居る筈の自分はそのまま佇んだまま、幽体離脱した自分が葡萄に生まれ変わりまた違う誰かに飲まれ、生命が循環しているサイクルの断片を味わえる気がする。

   

これも輪廻のコンセプトなのか?

 

はじめに飛び散ったパズルのピースは個であると同時に、個では無く全体の一部分でありそれがまた大きな個を形成していてそれが無限に広がっている。自分の内側を掘り起こし、覗いてみると果てしない意識のタペストリーが広がっていて全てと繋がっている。


そんな感覚を一人一人に体験して欲しい。


Bungalow 4作目 You Already Knowはそんな想いが詰まった音楽です。


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by koomuraa | 2017-06-23 15:44 | thoughts

新宿PITINN

【新宿ピットイン】

地下へ降りる階段は二つある。

どちらから降りるかに因って店内に入るときの空間に対する認識も変化する。

玄関と裏口がその建物の印象を変えるように。

店内に入ってステージを客席から見て左側に控え室がある。そこでの時間の流れは、すぐ先に控える『表現の時間』一点に向かっている。

控え室から対角線上の部屋の隅に広告棚がある。

そう遠くない未来に行われる、著名から無名な音楽家達の様々な音楽会の控え室。それぞれの向かう時刻は複数の散りばめられた点。しかし、各々が自己と向き合い、なにかしらのアウトプットに向かうという時のベクトルは共通してる様に感じる。

最後列のさらに後ろから眺める景色は、ステージから眺める景色と奇妙な共通点を擁す。

薄暗がりの中で見る客席に集う人々の正面と、後ろ姿は、その人が誰とは特定しがたいが故に、知ってる誰かに見えてしまう奇妙な現象が起きる。

己の中で投影したいなにかなのだろうか。

それが過去からの記憶なのか、未来に寄せる想いからなのかは定かではない。

ここで行われる『表現』という現象の創り手も、その受け取り手も似たような認識と時間の垣根の払拭を経験する気がする。

音が出た瞬間、それはもう過去であるが、同時に未来も司っている。

無数に散りばめられた過去と未来。
時間の概念は普遍性を説いているが、時間のそのものの可能性は、きっと無限なのだろう。

この空間を出るときも、昇る階段のオプションは二つある。

どちらを選択するかに因って、土産として持ち帰る感覚も微かに違う。


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by koomuraa | 2016-12-18 11:25 | thoughts

街角で

一昨年、毎日のように見かけた、両腕の無い子供。
錆びた薬缶を縫い付けられたホックにぶら下げてお金を目で訴えてたのが印象深い。

あの子はもう居ない。

どうなったかは概ね検討が付く。
手が無く、身寄りが無い子供がムンバイで生きて行くのは想像以上に過酷であろう。

ひとつ、言えるのは、苦しい中でもあの子は『瞬間瞬間』を生き抜いたのかなと。
他人の状況を正確に把握する事等無理なのは承知な上での憶測だが、少なくともそう思いたい。
あの子にはそうする以外に生きる術は無かった様に思える。

そのせいか瞳はとても綺麗だった。
哀しげだったが、曇っていなかった様に感じる。
あくまで僕個人の楽観視だが。。。

僕らは過去の遺産、またはお荷物、そして未来への希望または失望というこれまた別の荷物を背負って毎日を過ごしている様に思える。

僕らが正しいと思ってる事、間違っていると思っている事は、
個人、家族から始まり、その延長上の職場や社交現場を超えた歴史や文化という大きな流れの中で長い時を経て形成されて来たものであることは明瞭である。

テクノロジーが進歩するにつれ、
巨大な情報網の中で生きていると自分と向き合うのは至極困難な事の様に感じる。

自分にとって本当に必要な情報でさえも様々なフィルターを通され変形してやってくる。
そして、四方八方から色んなしがらみに揉まれながら生きることを余儀なくされるから。

音楽も過去の遺産を表面上の語法を真似ていては感動するものは召喚出来ない。
そこに真に感動するのはその語法を知る者のみか、流行に敏感な人達のみである。

だからといって歴史や言語から抽出出来る知識を無視してもいいと言っているわけでは無い。
何を経てそこに至ったかを知るのは『知識』として必要だがそれを真の『知性』に昇華出来るのは極めて一部の人間のみ。

自分はそこに憧れを感じる。

話は冒頭に戻るが、身寄りも無い子供が、
スラムのギャングの商売道具に両腕を切られ、
毎日路上で昼寝しながらお金を集めて人生を全うした。

目の前でそれを見ると、
自分の出す音に沢山の疑問が押し寄せて来るのと同時に、
ある種の覚悟を問われてる様な氣がする。

あの子と頻繁に遭遇したのは偶然とは思えないので。
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by koomuraa | 2016-02-18 15:01 | thoughts

2015年ですね!

2014年は色んな意味(音楽も人生も)で沢山祝福して頂きましたが、
大晦日は踏んだり蹴ったり!でした。

先ず、事の始まりは少し時を遡ります。

2週間前インドビザ申請センターに出向いたら、
『パスポートの発行場所JapanじゃなくてChibaね。やり直し。』
と言われ、
『ええ?でもChibaはJapanでしょ、良いじゃん!。ここでチョチョッと修正出来ないんですか?』
笑顔でインド人のおっさん、
『ダメ、ナ(インドでは、『でしょ?』的の意)』
一度却下されるとネット上で3ページ程の申請書を再作成、ビザセンター再訪問を強いられる。

そして大晦日の朝、作り直して出向いたら、いつもは激混みな申請センターも僕の他に一人だけ。
ラッキー!
とテンション上がり、申請書再び提出。
20分程待たされる。(ほかに居ないのにこんなに待つのか。。。と思いながら。)
そして、
『オウムリ、コ、さ〜〜〜〜〜ん)』
『はい、オオムラコウです』
『これ、ご両親の名字抜けてるよ。』
『!!!!!????』(インドビザ申請は家族の情報全て記入を要される)
(うかつだ、名字を打ち込み忘れてる事に気付く)
『えと、チョチョッと手書きで書き添え出来ないで・・・・』
遮りながら笑顔でおっさん再び。

『ダ・メ・ナ♪』

やり直し決定。。。。。

その後、肩を落とし申請センターを後に。予定の友人と企画してる来年のイベント打ち合わせの前にどうしても練習したかったのでスタジオに直行。練習後、パソコン拝借して同じ様に申請書作成(これで3度目)
そしたら最終ページで。

『エラーです』
とのページ。
記入事項全部飛ぶ。
やり直し。

3度目ならず4度目の正直。
上手く印刷出来打ち合わせへ自転車を漕ぎまくる。
この時点でまだ本日何も食べていない。昼の13時半。

友人と落ち合い、とりあえずラーメンでも食べる事に。
入店先は大○軒に決定。半年振り。
濃厚なスープと太麺は汁が飛び散るので、あごが絶対に器の面積上にしっかり収まるように食べていた。
美味い!美味い!
進む進む!
そして、気が付いたらスープ見事にズボンに飛び散ってる!
確実に染みもの。
は〜。

まあ、これは諦めねばと思い、まだ腹が空いてたので追加で餃子注文の際、床の籠の中のジャケにしまっている財布を取ろうとかがんだら、

ひゅ〜〜〜〜〜ん

箸が見事に引っかかり、空中回転。
濃厚スープを更にズボンに飛び散らせながら、股に落下。

染み、かなりの飛散量。
上質な水墨画と思えば良いところだが、そうは問屋が下ろさない風情。

その後打ち合わせの為にカフェに移動し、一段落。
打ち合わせも無事終わる。
帰り際に駐輪していた自転車の鍵(4桁ロック)を回すと違和感。
普段はあまり桁を正解数からずらさないのだが、ハチャメチャにミックスされてる。
(だれかが盗もうとした痕跡の可能性大)

『は〜』

ここまで来ると流石にため息が出た。

これだけ続くと面白くなって来て、これは来年に向けての景気付けで厄払いだ!
と楽観的に開き直る事にしました。

皆様も行く年来る年、解釈次第で最高に仕立て上げられてること、心より願っております。

Happy New Year!
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by koomuraa | 2015-01-01 00:18 | thoughts

Bungalow 一段落

山本昌広さんとのBungalowとしてのラストライブを終えて。

昨夜は立ち見でギュウギュウ詰めになるほど大勢の方々に来て頂いて感無量でした。
昨夜並んだ楽器は、グランドピアノ、フェンダーローズ、ウッドベース、ソプラノ、アルト、テナーサックス、ドラムセット、タブラ。とても豊かな音色を4人で織りなせたと思います。

何百キロ離れた遠方からの来客も数名あり、この4人で創って来た音楽に聴き手は各々色んな意味を見出してくれていたのだなと感じ取れた気さえもします。

各々が色んな意味を見出すというところを掘り下げてみると、
人間が音楽や芸術に携わるのは何故でしょうか?
趣味趣向は100人100色。
創る側も、受け取る側もその活動自体は空いた腹も満たさず、住む家も立たず、
冬を凌ぐ防寒も出来ません。
なのに、人間の歴史の営みの中で絶えず親しまれてきました。

ある人にとっては、

その音の激しさが、アドレナリンを刺激するのかもしれません。
その音のぬくもりが、乳飲み子の時に聴いた母の子守唄の質感の様なものを無意識に連想させ、懐かしく感じるのかもしれません。
その音の切なさが、孤独と向き合いながらも乗り越えて来た自分を慰めてくれるのかもしれません。
その音の摩訶不思議さが、未だ見た事の無い世界への誘いの扉の様な予感がするのかもしれません。

音に感じる親しみの理由は千者万別。

いずれにせよ、これらは肉体世界では実態の無いものでありますが(触れない、お金では買えない)だからこそ、心の中ではリアリティのあるものだと思うのです。

人は文字や、紙幣、はたまた口頭の言語の発達に至る前に音の高低や、リズムでコミュニケーションを取っていました。自分が伝えたい事、受け取りたい事は原始的なところで音楽の形態と通ずるもがあると思います。音を出せばそこに音で帰ってくる。人が人らしく会話する最もシンプルな過程への切望は、情報が多く物質社会のピークに向かう現代社会においても確かに存在すると感じています。

故に音楽や芸術において何かしらのスタイルや、カッコいいファッション等というものは後天的なものだと4人はどこかで解っていたと思います。

だから、Bungalowはスタイルにこだわっていませんでした。

各々の感性を有機的に発信出来る心地いいプラットホームにしようじゃないか。
という願いを込めて発車した乗り物です。
勿論、影響を受けてきた、音楽家、作家、芸術家、哲学、思想、環境はありましたので、必ずしも滑らかに合意出来ない部分もありました。生まれも生い立ちも違う4人が一緒に居る訳ですから。
それを見据えても混ざりあって、アルバムも創れて来て本当に幸せでした。

それがこの時代を生きる若者にとっての正直な音楽だという自信は、このバンドを通じて付いて行ったと思います。

そんなグループの乗組員が変わります。
Mike Rivettの加入によって山本昌広さんと創って来たものとはまた全く違う世界に進んで行く事でしょう。
人が変わる訳ですから当然。
それでも水のように、有形でも無形でも滑らかに流れて行く自然の恩恵物のように、
宮本武蔵が五輪書で諭した有構無構の教えのように、
このバンドは進んで行きたいと思います。

まささん、いままで本当にありがとう!
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by koomuraa | 2014-12-22 15:04 | thoughts

ゾロ目の歳になりました。

昨日33歳になりました。

メッセージを頂いた皆様、ありがとうございます。
この歳になったらこのようになっているだろうと予想してたものとは全く違う世界になっていて面白いですね。歳を重ねる醍醐味でしょうか。

さて、今年は色んな出会いがありました。

インド古典の更なる追求を求めてインドにて未知の味と音と感覚に多数遭遇。
今まで身を置いて来た音楽フィールド意外の方々との遭遇。
中東にて新たな友人との遭遇。
自分の分身との遭遇。
異常なサイズの精霊との遭遇。

はい、だんだん怪しくなってきましたね。
どこからが例えで、どこからが妄想で、どこからが事実なのやら。

でも自分の生きる世界はそんなものなのです。

『どうやったらそんな曲浮かぶの?』
『頭の中どうなってるんですか?』
等と度々聞かれる事があります。
次は、
『大丈夫ですか?』(なのかなと構えてしまったり)

というのはさておき、純粋に褒められるケースもあるので嬉しいのですが、
自分はただ、自分で居るだけの話なのです。

少し話は逸れますがまた戻りますんでしばしお付き合いください。

生ある世界は多様性と一括りにするには勿体ない位様々な現象の紡ぎ合わせで成り立っています。
僕ら『個体』としては何度も生き返って人生を何百回繰り返しても解らない事の方が多いと気付くのでしょう。

僕はこの15年間ジャズや即興を主体にした音楽や文化が好きで幸いながら携わらせて頂いてます。
その中で自分の好きな文化は貪欲に調べました。
音、史実、生身の人間、スラング、ユーモア、等等切りがないですが。。。

その中で一つ学んだこと、気付いたことは、

その土地、その場所、その社会、その人々の呼吸あってこその『音』であり、『味』であり、『優しさ』であったり、『厳しさ』なのであると。

自分とは異質のものに意識をどっぷり浸けることでしか見えてこない自分自身もあるのかと。

そうすることによって、自分とは異なる考え方や、ものの見方、世界の見え方に対しても愛情を持って接する事が出来るのかなと。

勿論ここに到達するまでに様々な葛藤もありました。
不満や疑問も多くありました。
意見や、感覚の違いに自分のアイデンティティーを自問自答する日々も多く(それはおそらく自我がある限り続くのでしょうが)一歩一歩進んで来た感じです。

今年のインド修行で師匠に言われた一言が心に焼き付いてます。

『しっかり確実に上って行けば良い。頂上の無い山だけど、確実に上って行けば、しばらくした後に見下ろす景色はきっと美しいものだから。』

この一句には一つヒントが隠れています。
それはここに記されている『山』は人それぞれ違うという事。
みんな己の『山』を持っているという事。

一歩登る度に美しくなる山を知っているからこそ、他の山もクリアに見えるようになって行く。
そんなことを思いながら今年は8月に大好きなミュージシャン仲間と富士の山頂まで行けて素晴らしい経験となりました。

写真には4人しか映っていませんが、
本当は今まで出会った全ての人たちがここには居る様な気がしてなりません。

これからも、己としっかり向き合いながら、
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周りもしっかり見える様な人間に成長したいと思います。

感謝の気持ちを込めて、

大村亘
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by koomuraa | 2014-08-30 03:11 | thoughts

Bungalow 2nd Album "Past Life"発売にあたって。

2009年に結成したBungalowですが、はてさて早くも2枚目の作品が世に出回ろうとしております。

発足当初はみんなで楽しく旅をしながら音楽をするという、
『これ一応僕たちの仕事なんだよね?こんなに楽しくて良いのだろうか?』

と顔を見合わせる事も多々ありました。

何故かというと、ツアーに出るとサウンドチェック・ライブ時間外は移動時間と自由時間で、
それはそれは結構な怠慢な時間を過ごす事もあるのです。

旅の工程上中日が空いたりすると、娯楽として、
カードゲーム(UNO,大富豪), テレビゲーム(マリオカート(恥ずかしい))、絵描きゲーム(お題を出しメンバーでそれを描写する。このコーナーでピアノの佐藤君に『画伯』の称号が賞与される)
メンバーそれぞれ、画伯を筆頭に、絵に関しては非凡では無い才能しか発揮出来ない皆様なので、大体理想と現実とのギャップで腹を抱えて笑い、アートセンスより腹筋しか鍛えられないという不思議な時間を過ごす事になったり。。。

とても健全でしょ?(というか子供っぽい)

こんな珍道中を繰り広げながらも、往年地方で僕たちの書く新しい曲達を聴きに来てくださる皆様には本当に感謝しております。
1枚目が出た時は、
『どうしてCDの曲をほとんど演奏しないのでしょうか?』
と、問いをよく投げかけられました。

僕たちの場合、新曲が次々に出来てしまうのでCDがプレスされてツアーに出る頃には収録されたものはもう遠い過去の表現形態になっているので、突っ張って新しいものばかりやっていました。
申し訳ありません。今回のリリースライブでは更に新しいものと、勿論収録されたものも多々演奏する予定です。

そして、2枚目のリリースに貢献していただいたレーベルスタジオソングスの岩崎さん。
素晴らしいバイタリティと知性の持ち主で良いパートナーに巡り会えたと思います。

その岩崎さんと繋げていただいた、音楽評論家の中川ヨウさん。
ここ数年、彼女の主催するイベントでBungalowを取り上げて頂いたり、ライブをブッキングしてくださったり、僕たちの成長を手助けしていただいております。

表記し始めるときりがないので、この辺にしときますが、数えきれない程の人々に温かく育てられてる気がします。

こんな形で色んな方々のサポートあってこその2枚目。(1枚目もそうでしたが、今回はその波紋がより大きく広がってるような気がします)

アートとしての熟練度云々はその時代と、その瞬間に体験する(観る、聴く)人々により絶えずめまぐるしく変わるのでどう捉えられるかは僕らの知る由でも、懸念する部分でも無いですが、自信をもって言えるのは、

とても良いエネルギーの詰まった、とてもいいエネルギーを纏った作品です。(決して胡散臭い壷を売ろうとしてる訳ではないので心配なく)

是非一聴してくださいね。(全国のタワレコの店頭で取り扱っております)
店頭に並ぶのは10月16日です。

写真は内ジャケからの切り抜きです。
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by koomuraa | 2013-10-06 14:24 | thoughts

そろそろ

ネットでの配信もちょくちょく始めようかなと思いました。

はてさてどれだけ続くのでしょうか?
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by koomuraa | 2013-01-09 23:27 | thoughts